2005年4月 1日 (金)

春眠

 午前5:30、朝日に目がさめる。早起きは三文の得、今日は久しぶりに一日を長く使うか――と思っているうちに、またまどろんでしまい、結局ちゃんと起きたのは8時。
 五反田から東を向くと、桜田通りをはさんで左が池田山、右が島津山と呼ばれる。いずれも地図上にはない地名で、アドレスは東五反田になる。古くからのお屋敷町である。学院は島津山内にある。
 池田山には旧正田家があり、国有地となって屋敷が取り壊された跡は公園になっている。首相仮公邸もあり、小泉さんは毎晩、ここに帰って来ているはずだ。
P11 島津山には、何故か、猫が多い。写真のような光景、つまりBMWと猫、ベンツと猫、ジャガーと猫をそこここに見る。
 学院の隣の隣のマンションに、ハナちゃんという猫を飼っている女性がいらして、この方が夕方に「猫の散歩」に出る。ハナちゃん、首輪を付けられているわけでもないのに、彼女の歩調に合わせてちゃんとついてくる。たまによそ見でもして彼女から遅れると「ハナちゃん!」と声をかけられるのだが、するとあわてて追いつく。
 朝、Mさんが、とごし銀座院の3月の領収書等を持って学院に来る。彼女はついこの間の学院卒業と同時に、今までやってくれていた学院の事務の仕事も卒業し、治療家として、同院で働き始めている。
「先生、最近、髪の毛、カールがかかってきましたか?」
 ワタシはカールおじさんか。
「細くなっただけじゃない? 軽くなった分、本来のカーブが出るようになってきたんじゃないかと」
 返す返す、健やかに老いたいものである。
 夕食=カレー、タコサラダなど。



2005年4月 2日 (土)

苦学

 午前7時起床。桜、あちこちで咲き出してますねぇ。
 怖い夢を見た。場面はどこかの外国。英語が話されているから、アメリカあたりか。薄暗くて妙に天井の高い教室の左後ろの隅で、震え上がっている夢、である。
 何に震え上がっているのかというと、今日は、教壇上で早口でまくし立てている化学の先生に、である。
「あー、なんか厳しそ、この先生。落としたらどうしよう、この科目」
こういう夢を読者は見るか?
 いつものように教室に入って座ると、どうも何か雰囲気が違う。周りのみんなが無口で、しかも一様にうつむき、本に目を落としている。あ、そうだ! 今日テストだったんだ、忘れてたぁ~!
 ここで怖さのあまり目を覚まし「そうか、もう学校は終わったんだ。ちゃんと仕事して稼いでいるんだっけ、オレ。あー、よかった。あー、怖かった」と現(うつつ)に戻るのに数分を要する――とかいう経験が、読者にはあるだろうか?
 ボクは今だに、上のようにして真夜中に起きることがたまにある。それでもこの数年はずいぶんと減って、年に1~2回というところだろうか。それ以前は2~3ヶ月に1回ぐらい、だったろうか?
 こういった夢、実は二十代より三十代の頃の方が多かった。アメリカのナショナル・カイロプラクティック大に行ったのが27才、そこから帰ってきたのが31才で、これを境にひどくなったわけである。
 ボクは大学から奨学金をもらいながら、なおかつ働きながらの苦学生であった。この奨学金というやつ、なかなか厳しいもので、一定の成績を切ると受給資格を失ってしまう。しかもいったん失った受給資格は、後でどんなに成績を上げても回復されない。
 奨学金が無くなってしまうと、下手すれば学業断念。それまで費やしたお金、労力、全てパー。サラリーマンには、二十代後半という大切な時期に辞めてしまっているから、おいそれとは戻れなかろう。バイトに時間をとられるのと、言葉のハンディーとで、勉強自体もままならない。
 などと、こんなプレッシャー下で4年も暮らしてごらんなさい。これはキます。
 確か三島由紀夫も、四十を過ぎても、同様な夢にうなされることがあると言っていた((『行動学入門』?)。その三島の二十代の頃の日記が見つかり、近く公開されるという。(今日の毎日新聞によると)1946年6月18日の、支出に関する記述はこんなだ。
「電車賃1.00(1円0銭)、日刊スポーツ0.50、カルピス2杯10.00」
 カルピス?! しかも2杯――誤植でなければだが、電車賃の10倍、日刊スポーツの20倍もの支出をしてまで飲んでいる。そんなに好きだったのか?
 1杯飲み終わり、カウンターに置いたコップをじっと見つめて考えたのだろうか、三島先生。もう1杯、飲むべきか飲まざるべきか。当時の彼はまだ先生ではなく、一学生。豊かではなかったはずだ。
「あの~すいません…もうイッパイ」
 若い頃の苦労は買ってでもしろ、か。
 今日の学院は、誰も来ない一日。こういうの、年間を通じても、そうはないことである。
P506iC0007733498 昼食=マクドナルドのフィレ・オ・フィッシュ、フライド・ポテトなど。
 夕方、4時過ぎ、近所を散歩。
 夕食=鳥の唐揚げ丼、サラダなど。泡盛のシークワーサー割りで一杯。





2005年4月 3日 (日)

よう、ジョン

 午前6時起床。珍しく朝食を摂る。チョコ、チーズ・ペーストを塗ったパン、オレンジなど。
 学院は1年生準本科のみ。座学は期末テスト。実技も、四肢のテクニックの総復習に続いてテスト。ここまではボクの出番なし。今日のボクは、その後の学校説明会だけやればよい。
 ヨハネ・パウロ2世、亡くなる。ヨハネ、パウロ、英語読みすればそれぞれジョン、ポールである。実際、英語圏ではジョン・ポール・ザ・セカンドと彼は呼ばれる。ジョンにポールときてしまえば、これはもうしようがない、誰しも連想してしまうのは、あのビートルズ以外にあるまい。
 異なる二つの名前を複合して自分の名としたローマ法王は、1978年に即位したヨハネ・パウロ1世が最初である。で、在位33日で急逝した彼の跡を襲った2世は、早くも2人目ということになった。
 当然、当時すでにビートルズは世界のスーパースターである。というわけで、これ、狙ってのことだったのか? だいたい聖職者、それもトップ、がポピュラー・ミュージシャンの名前を真似るなんてことが、問題にはならなかったのか?
 なるわけ――ないんである。
 だって、これ反対ですから。法王がミュージシャンの名前、真似したんじゃなくて、ミュージシャンの方が、古(いにしえ)の偉い聖職者の名前に肖(あやか)ったんですから。もちろん、レノンもマッカートニーも、生まれた時からミュージシャンだったわけではないが。
 ヨーロッパ語圏では、ジョンにポール、これにマイケルでも加えれば、男性の名の4割ぐらいはカバーできるのではないだろうか。これは例えばスマップのメンバーが「木村日蓮」だったり「中居親鸞」だったりするのと同様の状況である。ポールをひねってポーラとすると、やはりこれも英語圏ではあたりまえの女性の名前になるわけで、これはさしずめ「日蓮子」であろうか。
「森・日蓮子、ついに夫・一休と別居」
などという感じでであろうか。
 彼の地では、これが普通であったりする。当地ではむろん、そうではないが、信者が我らがリーダーと同列にあろうとする、リーダーたる者々が同胞たる信者ととともにあろうとする、あるいは何をやるにあたってもとりあえず古典を参照しようとする気分って、これ悪くはない――のではないかとボクは思っているのだが、如何(いかが)であろう。
P1010028small 説明会における一問一答。
Q
「本当の本当に(カイロプラクティックで、職業として)やっていけますか? 私でも?」(お二人)
A
「聞く気持ち。患者さんが何を求めているかを感じて、それを提供すべく努力する気持ち。これさえあれば、あとはボクらがやれと言っていることをやってくれれば、基本的には大丈夫です。
 ただし、この教室で1年半から2年間、座ってさえいれば、それで食っていけると考えるのは間違いです。これって、どういう世界に行っても同じだと思いますが、「食ってゆける」にもいろいろ意味がありまして、どこまで行けるか、は、本人がどこまで努力するか、にかかっています。頑張ってください」
Q
「私は個人的に、自分の親の体を揉んであげたりした経験から、筋肉に対するアプローチは大切だと思います。大川学院ではそういった勉強は多くやりますか?」
A
「やります。関節を操作(矯正)するだけのカイロプラクティックは既に古い、と弊校は考えています」
Q
「外国でアメリカ人のカイロプラクターに治療を受けたことがあります。その時は、最初の3日は毎日来いと言われました。一方、日本でカイロの先生にお世話になった時は、2回目の治療は初回の1週間後でした。これはどちらが正しいんでしょう」
A
「どうとも言えません。治療の頻度をどうするかは、患者さんの状況および、術者の方針に応じて、全くケースバイケースです。
 ちなみに大川学院では2回目の治療は初回の2日後あたりを勧めています。が、これとても、学生が卒業して自分のスタイルを作ってしまった後は、彼/彼女の自由です」
 夕食=ラムのTボーン・ステーキなど。



2005年4月 4日 (月)

春の雨

20050404smaller 午前7時起床。昨晩から、予報通り、降り出した雨の音に目を覚ます。愛用のリーボック、レイン・ウォーカーⅢで出勤。
 その名の通り雨天用、というか水を中まで通さないはずのレイン・ウォーカーであるが、実は先代モデルまでは驚くぐらいよく水が入ったものだった。レイン・ウォーカーというのは、水がよく入るおかげで雨の中を素足で歩くような感覚が味わえると、そういう意味でのネーミングか、と思ったほどだ。まあ、ボクの買った3足ほどが、揃いも揃って不良品だったのかもしれないが――。
 いずれにせよこのⅢ(三代目)からは打って変わって完全防水。実に快適である。
 またこの靴のソール(底)部分はDMXプラスという特別の仕様で、これが装着されているモデルは現行、このレイン・ウォーカーとウォーク・プラチナの2つのみ。今、クッション性においてこのDMXプラスに勝るものは他に無いだろうと、プロとして断言してもよい。
 ボクは中学生の頃からの腰痛持ちであり、その原因の一端は扁平足にある。そもそも土踏まず(足のアーチ)は、地面からの衝撃を和らげるためにヒトだけが発達させたもの。これを先天的に持っていない人が激しいスポーツでもやれば、普通以上に膝や腰に負担がかかり、故障しやすくなる。というようなわけで、リーボックさん、もう離れられません(フォローしたつもりですが)。
 月頭は、先月の帳票の締めやら、給与計算やらでスタッフの女の子たちにとっては非常に忙しい時期である。HSさん、HNさん、ヨロシクね。
20050404_014small 午後2~4時、学生の春休みの自由練習に、小梨さんとともにつき合う。雨も上がって、気持ちがよい。
 夕食=焼き肉。




2005年4月 5日 (火)

再び探訪記

 前回のとごし銀座院に続き、今日はまた別の直営店、逗子整体院の田中院長への直撃取材である。逗子院は直営店中、最も古い。とはいってもオープンは5年ほど前で、もともとボクが、五反田院に続くグループの2つめの治療院として始めた。
 ボクが学校に専念するようになって次第に治療の一線から離れ、その後、逗子院は何人かの院長を経た。2年前には、現とごし銀座院院長の安藤くんが3代目院長で、現院長の田中さんが副院長。安藤くんのとごしへの異動にともなって、田中さんが院長に昇格した。
 逗子は、聞くところによると、市町村レベルとして、一都六県で最も高齢者人口の割合が高い町だそうである。一般にご高齢の方は朝早く、夜も早い。したがって逗子整体院の朝も早い。
20050405_062small 午前7:55、院に到着。オープン時と変わらず金文字で「おおかわカイロプラクティックセンター」とカッティングシートの貼ってあるドアを押して入ってみると、もうすっかり掃除も終わり、暖房も院内すみずみにまで行き届き、受付ではスタッフの田中さんが余裕の笑みさえ浮かべてスタンバっている。
 この人は田中晶(あきら)さんで、今年の頭より働いている、大川学院の2年生である。最近やっと新患さんを任せてもらえるようになったそうで、張り切っているわけである。分かるねぇ、その甘い高揚感。今朝は8時に予約が入っていると言う。
「院長と同じ名前で紛らわしいとか、患者さんから言われない?」(大川)
「それは、よく言われます」(田中晶)
 田中晶さんとは半期遅れの、やはり学院2年生、東くんも既に出てきている。
「いつも何時に出勤なの?」(大川)
「7時ですね」(東)
 早い! この業界では9時出勤の10時オープンが普通だろう。10時出勤の11時オープンだって珍しくない。
「それで夜は何時まで?」(大川)
「日によっていろいろですけど、最後の患者さんが入るのが夜の8時から9時でしょうか。年輩の方が多いとはいってもサラリーマン、OLの方も少なくありません。その方々の帰宅時間に合わせると、どうしてもそうなります」(東)
 ちょっと緊張気味だが、この彼、かつては外車ディーラーの営業マンである。油断してはいけない。
 しかしそうすると、後かたづけをして院を出るのは10時近くにはなるだろう。朝も「早い」が、労働時間も「長い」ねぇ。大丈夫?
「楽しくやってますから」(東)
 体育会っぽいっていうのか、こういうの。ちなみに逗子整体院、現在は男ばかりのムンムン4人所帯である。田中×2、東くんの他に、大芝さんという学院2年生(今日は定休日)がいる。
aaaa そうこうしているうちに田中院長が出勤。
 逗子院は「院長製造工場」である。この2年間で田中さんの下(もと)で修行し、院長になってしまった者を数えるだけでも以下のようになる。
・1年少し前より大川カイロプラクティックセンター五反田(直営店)院長の成木くん
・昨年、大阪に帰ってナチュラルカイロプラクティックを開業した小川くん(2005年3月26日のブログ参照)
・やはり昨年、広島に帰ってもりたカイロプラクティックを開業した森田さん(まんま、だぎゃ)
・これも昨年、東京、中野で野田カイロプラクティックセンターを開業した野田くん(やっぱ、まんまが一番?)
・最近、横浜にもとまち整体院(直営店)をオープンした大屋さん
いずれも盛業している治療院ばかりである。
「どうすればそんなに?」(大川)
 とはボクならずとも聞いてみたい点であろう。しかし
「うーん、まあ、なんとなく――」(田中)
という、この答えは、実はボクにとっては半ば予想されたものであり、つまりこういうキャラなんである、この人。
20050405_140smaller 田中さんはこの逗子整体院でスタッフから院長になったわけで、他の院と自分の所とを比べたことがあまりない。このぐらいのペースで弟子が巣立って行くのは、彼にとってはむしろ当たり前なんである。実際に自分も、一年ほどでスタッフから院長にさせられたのだから。だから「どうすれば?」と振られても「うーん」になっちゃう。
 しかし困るんだよなぁ、こういう人が一番、インタビュアーとしては。白状すれば、今朝のボクは心が重かった。この茫漠とした人へのインタビューをネタにして、どう記事をまとめりゃいいのか?
 仕方がない。一つ具体例を振ることとする。
 半年ほど前に大芝さんを田中さんが採用した際、候補は他にも何人かいたのだ。本人の許可を得た上でバラしますけど、大芝さんは実技・座学ともに学院での成績は候補者中最下位であった。で、あえてその彼を採るというのだから、学校の先生たるボクとしては「?」と、当然思う。
「あれは?」(大川)
「それは、大芝くんが一番、空気を読めたからです」(田中)
「クーキ?」(大川)
 お、きたきた。
「患者さんにもいろんな方がいらっしゃいますねぇ。ある患者さんは、とにかく腰痛を治してほしい。ある患者さんは静かに、リラックスしたい。また別の患者さんは治療ついでに、ここにオシャベリをしにいらっしゃいます。
 同じ時間帯に、こっちにオシャベリしたい患者さんがいらっしゃって、あっちに静かにしたい患者さんがいらっしゃるとします。自分の担当している患者さんは喋りたいわけですから、こっちが安易に合わせてしまえば、どんどん盛り上がり、声も大きくなります。が、これは「あっち」の患者さんには苦痛かもしれませんね。
abc そんな場合は、なるべく声のトーンを落として、その(喋りたい)患者さんに応対すべきなんです。その患者さんだってオシャベリはできる。同時に「あっち」の患者さんも、お望み通り静かに、リラックスできる。
 こういった機転を、口で言わないと、効かせられない人。これは空気を読めない人です。まわりの人たちの雰囲気を察して、合わせることができる人。これが空気を読める人です」(田中)
 訥々とした関西訛りだが、やった! これだけまとまった話を田中さんから引き出すというのは画期的といえる。
「安藤くん言うところの「元気理論」についてはどうだろう? 治療院の目的はまず患者さんに元気をあげることだ、という――(2005年3月29日のブログ参照)」(大川)
「元気はもちろん、あった方がいいんです」(田中)
「元気だけなら、大芝さんよりもっとある人がいたよねぇ、この間の候補者中にも?」(大川)
「そうです。でもその元気も、空気を読んだ上で、適切に使えなくてはいけません。
 どの患者さんに対してもやみくもに、一様に元気なだけでは駄目です。静かにしたい患者さんなら静かに、痛みを取ってほしい患者さんなら、とにかくまず痛みを取りにいく――というふうに対応を変えられなくてはいけません。
 それができるかどうか、が、僕の場合、人を採る際も、指導する際も、一番大切にしている点ですね。で、大芝くんはそれができた、と」(田中)
 大漁だ。これだけあればなんとか記事になろう。
20050405_124small それじゃせっかくだから、3人揃ってダー、じゃなくてチーズ(左から田中晶、田中院長、東)。なんかサッカーのフリーキックを守ってる人たちみたいだなぁ。
 あれ、田中(晶)さん、患者さんは?
「いらっしゃいませんでした」
 人生楽ありゃ苦もあるさ。頑張ってね。



2005年4月 6日 (水)

BOW!

 午前5時起き。既にこの時間、空は白んでいる。山の向こうの空がさらに明るくなるのを眺めながら、二千年前のこの日、この場所、この角度からも、こんな朝日が見えただろうか? などと、半分寝ぼけて考えたりしたのは、読みかけの『ハドリアヌス帝の回想』のせいだろう。
 出勤前に、また少し読む。いつものように『ローマ人の物語Ⅸ』と読み比べながらである。そんなことが必要なのか? 絶対必要だ、と思う。むしろそうでないと、プロットが見えなくなって、退屈してしまうだろう。
 ついでに言えば『ローマ人の物語』は、1巻からこの9巻まで、とりあえず全部読み通していることが『ハドリアヌス――』を、まがりなりにも味わうためには、必須だと思う。いや、そんなことをせずとも、その方面に十分に明るければそれでいいのだろうが、ここは欧米じゃない、日本で自然にそこらへんが頭に入っている人って少なかろう。
 そういうボクも、1年ほど前までは全然、分かっていなかった。恥ずかしながら、大学受験では世界史をとり、しかもそれはボクの場合、英語に次ぐ得意科目(のつもり)だった、にもかかわらずである。塩野七生さん(『ローマ人――』の作者)に出会わせてくれた図書館に感謝、である。
「でも小説ひとつ読むのに、そこまでして? 大変そう」
 と思うなかれ、読者よ。それは反対だ。
 必ずしも『ローマ人――』でなくてもいいのだが、古代ローマ帝国についての、いわゆる史書を一通り読んでおくだけで、どれだけ今日の社会や経済のしくみ、芸術、ニュースなどが「よく分かる」ようになることか。これは「役に立つ」「偉そうな顔をできる」(かもしれない)ということでもある。やっぱ職業人。どうしても打算が働くねぇ。いずれにせよ、お奨めである。
 何故ギリシアでも、アラビアでも、日本や中国でもなく、ローマなのか? それはもうしようがない。紀元前後をまたいで長らく、西洋最大の帝国であった古代ローマに、今のわれわれの暮らしのあらゆる面が、影響を受けずにはいられないからに他ならない。
 歴史に題材をとった小説も、作者は、事実として分かっていることの範囲内にストーリーを納める義務があるから、その事実の方さえこっちが押さえてしまえば、これは意外に分かりやすいのだ。この点、限りなく想像の翼をはばたたかせてしまう私小説などより、はるかにつき合いやすい。
20050405_151small 東京地方の最高気温予報は24℃。ハーフパンツをはいていても、品川からの通勤ウォーキングで既に汗ばむ。ジャケットを脱いで腰に巻き、上はワイシャツ1枚となる。
 新社会人の姿をあちこちで見る。おろしたてのスーツも、ピカピカの靴も、全てが――なんかボクには痛々しいぞ。声も表情も妙に明るいのは、未知の世界に放り込まれた恐怖を打ち消すためだろう。往来で群れようとするのも、同じ心理の現れだ。
 頑張れ、フレッシャーズ。痛みも、怒りも、悲しみも、みんな時間が癒してくれる。20年も経てば身も心も、鋼鉄かウメボシのように硬くなる。そうなりゃ無敵、世の中もう怖いものなしだ。
 だからその日まで、よっぽど辛けりゃお酒でも飲んで、辛抱、辛抱、頑張ってください。でも、それまでどうしても待てなくなっちゃったら、そのときは? 大川学院へ行こう(そーゆーオチか)!
 3月分の給与計算、完了。東京三菱銀行のBizStation(インターネット・バンキング)で払い込みをセットする。
 このBizStation、昨年から始めたが、こんな便利なものはない。給与支払いの他、業者への支払い、記帳、法人内での口座間の振替など、現ナマをおろすこと以外、まずあらゆることが出来る。その上、手数料は窓口に行って同じことをするのとほとんど変わらない。
 月末やら月初やらに、とにかく誰かが銀行に行って並ぶというあの風物詩的な仕事が、少なくとも弊社においてはほぼ無くなった。「ほぼ」というのは、税金やら雇用保険料やら、いわゆる官公庁関係だけは未だ金融機関に出向かなければならないからだが。
 夕食=焼き肉(また?)など。



2005年4月 7日 (木)

完休

 午前3:30に目が覚める。さすがにまだ真っ暗。いくら昨晩早めに寝たからといっても、こうも早いのは加齢のなせる技である。若い頃ほど睡眠時間を必要としないのだ。
 老人力ってやつだな――などとブログのネタを練っているうちに、しかし、二度寝してしまった。まだまだ、か。結局いつもなみに6:15からシャワーを浴びる。
 完休。スーパーで穴子の押し寿司などを買い、これで昼食。
 夕食=トンカツなど。



2005年4月 8日 (金)

探訪記③

 午前6:00起床。五反田から東急池上線に乗り、旗の台で乗り換え、二子玉川へ。現地着、9:45。
 いやー、またいいねぇ、ここも、いつ来ても。ちょっと歩けば多摩川べり。まずその空間の広さがよい。川面に映る日差しもチラチラと仄(ほの)かで、胸が広がる思いがする。
 街には駅前に大きな高島屋があり、さらにその周辺に小綺麗なファッション関係の専門店が散在する。そのせいか、歩いている人に圧倒的に多いのがヤンマダ、ヤング・マダムである。
 ところで何をしに? それはタンポーキの第3弾、そして初の女性の先生の取材に、である。
20050408_0352 三田真理子さんは、2002年の大川学院卒業生。ここニコタマで美容矯正サロン『オーラルーチェ』を展開する。場所は、駅からものの1~2分のテナント・ビルの9階である。
 彼女のことは拙著『稼げる! カイロプラクターになりなさい』でも紹介した。同書中では、サロン名が『フェリーチェ』であるが、これをついこの間、改名したのだそうだ。
「どうして?」(大川)
「フェリーチェってイタリア語で幸福っていう意味なんですけど、これを店名に使ってるところがモノすごく多いって、最近、インターネットやるようになって気がついたんです。グーグルで検索したら3万件ぐらいヒットしちゃうんですよー。それで変えたんです」(三田)
 そういえば、五反田にもフェリーチェという名のイタリア料理屋がある。それにしても三田さんがインターネットとは、今昔の感に堪えない。Eメールを送るのに、送信アドレスにボクの名前を入れて――届かない、名前に「先生」を付けてみたが――届かない、住所を調べて入れてみたが――やっぱり届かないじゃないですか! と怒っていたのが、ついこの間のようです(ちょっと誇張してます、もちろん)。
 さて、まず断っておかねばならないが、三田さんはスゴ腕である。このお店は卒業前に、しかも完全に自己資金で開業してしまった。だからオーラルーチェは大川学院の直営店ではない。で、同級生がやっと卒業で、ぼちぼち就職先やら開業場所やらを探し始める頃には、既に月に200万円を売り上げるまでに成長していたのだ。
 詳しくは『稼げる! カイロプラクターになりなさい』をぜひ読んでください。大川カイロプラクティック専門学院に資料請求するとオマケでついてきます(無料!)。
20050408_0402 が、同書中での紹介は今からちょうど2年前。当然、ボクの興味は、彼女の「その後」である。
「変わりません」(三田)
 スコーン! ってそれじゃ、終わっちゃうじゃないのよ記事が、三田さん。
「だって先生、本当におんなじなんですから、基本的には」
 確かに受付のメニューも、内装も、そして彼女一人で業務の大部分を、やりたいようにやっているらしいことも、2年前のインタビュー時と同じだ。彼女は前職がエステティシャンであり、人の体を触るということは学院に入るずっと前からやっていた。だから、もう独立開業の段階で、既に相当程度「芸風」が完成されていたのは確かだ。
「あえて言えば、最近、ブライダルのお客さんが増えたことですかねぇ」(三田)
 ところでここは「治療院」ではなく「サロン」で、そこに来る人は「患者さん」ではなくて「お客さん」である。
「ブライダル?」(大川)
「そうです。結婚前の女の子たちへの、式の時に一番輝いていられるための、お手伝いです」(三田)
 うーん、それって充分新しいじゃない。さすが! で、具体的にはどんなことを? スキンケアでお肌スベスベ、お腹を引き締めてバストアップ、輪郭矯正でスッキリ小顔とか?
「それは治療を初めて2~3ヶ月経って、いよいよ式が近づいてきてからの仕上げですね」(三田)
「じゃ最初の2~3ヶ月は何を?」(大川) 
「体を芯からよくするんです」(三田)
「おお?!」(大川)
「硬い筋肉や関節、歪んだ骨格。こういったものを放っておいたんじゃ、いくら肌を綺麗にしても、ダイエットで体重を落としても、意味ないですよねぇ。すぐにまた元に戻っちゃうんですから、芯が悪ければ。悪い食習慣や運動習慣にしても同じです。
 だからお客さんの体そのものの調整と、生活習慣の改善に、まずじっくり取り組んで、その後で、いわゆるエステでやるようなサービスを、そこに載せてあげるんですよ。これはウチのオリジナルだと思いますよ」(三田)
 そりゃそうだろう。カイロプラクティックと言っても整体と言ってもいいのだが、そういうことができる人はいるし、そういうサービスを提供する所も多くある。一方、エステのサロンもそれこそ最近は百花撩乱だ。が、この両方をできる人がいるか? ボクも業界に身を置いて短くないが、三田さんほどその両方の技術を、しかも自在に操る人を他に知らない。
20050408_0912「楽しいですよー! 見て下さい、これ。お客さんの女の子たちが持ってきてくれるんです、写真。
 いろいろ相談されちゃったりするんですよ、治療しながら。女の子って、婚約してから結婚するまで、みんな必ず一回は、止めようかと思うことがあるみたいですね、その結婚」(三田)
「そ、そうなの? つゆ知らんかったけど、そんなこと」(大川)
「そうなんですよ、先生! この間なんか、嫉妬深い彼にGPS付けられちゃった子がいて――」(三田)
 と、ここで一頻(ひとしき)り盛り上がる。GPSとは、人工衛星を使った測位システムで、要は人の居場所を突きとめる器機だ。しかし相談の一つもしたくなっちゃうよねぇ、その笑顔を前にすると。いや三田さんねぇ、実を言うとボクも最近いろいろあって――って止めなさい、一人でボケるの。
 かてて加えて、しっかりした技術があるんじゃ、お客さんが放っておくわけがない。
「宣伝はどうしてるの?」(大川)
広告宣伝費は、家賃を別にすれば、治療院経営においては通常、最も大きな出費である。
「全部、口コミです」(三田)
やれやれ、思った通りだ。
「ブライダル」は現在、売上の半分を超える勢いだそうである。しかし結婚してしまえばそれで終わり、なのか? 釣った魚に餌は要らない、のか?
「それがそんなこと、ないんですよ。いったん元気で、かつ綺麗に生活することを憶えちゃったお客さんが、結婚後も続けていらして下さいます。一生のお付き合いですね」(三田)
20050408_1212 これも想像した通り。前回の田中さん同様、この人もハタから見て非常に大したことをやってるのだが、当人は、なんかそれが当たり前であるかのような意識でいる。ブライダルにしても2年前には無かったサービスなんである。それを、お客さんのニーズに合わせ、こちらの提供できる手技に合わせ、ああだこうだとやっているうちに、独特のシステムとして構築してしまっている。
 患者(お客)さんのニーズに目を向けること、それに合わせて自分も変わること、そして「芯から治す」こと。確かに基本は変わっていない。
bbb オーラルーチェとは三田さんの造語だそうで、オーラは「オーラを発する」のオーラ。訳せば気、元気などとなろうか。ルーチェとはイタリア語で「光」という意味だそうである。
「イタリア、好きなんですか?」(大川) 
「大好きです! 何十回も行ってます」(三田)
 いるんだ、こういう人、特に女性に。東南アジアとかヨーロッパとか、一人でズイズイ出かけて行っちゃう人。しかし何十回もって、飽きるでしょう、いくらなんでも。
「全然飽きません。名もない村々を足で歩くんです」(三田)
 イタリアの田舎をさまよい歩く、謎の女東洋人整体師。いいなぁ、『燃えよカンフー』みたいで。
 来週は来週で、また単身、アメリカに乗り込むという。
「最近、栄養学の大切さって、身にしみるんです。マサチューセッツでそういうコースがあるんで、受講してきます」(三田)
おじさんにくれー、その元気。
 じゃあということでイタリアンのランチを御一緒し、今日も午後2時からお客さんがいらっしゃるという三田さんと別れる。昼のビールが効き、学院に戻っても仕事にならず。彼女の、在学中から既に伝説的であった、お酒の強さを忘れていた。不覚。



2005年4月 9日 (土)

サクラ、サキスギ

 午前7時起床。
 法王に次ぐ高位の聖職者である枢機卿たちが「部屋に鍵をかけて」相談し、次の法王を決めるのをコンクラーベというんだそうである。どうしてもこれが「狙って」るような気がしてしまう日本人はボクだけであろうか? 
 世界10億人のカトリック信者の、トップの選挙である。巨大な利害がからむでしょう。そりゃ枢機卿さん方同士の様々な「根比べ」、あるんでしょうねぇ。
「バチカン」という言葉も何だか――どうも。ミサの最中に居眠りでもしてると、後ろから棒で「バチカンッ!」とひっぱたかれるとか? そりゃ警索か、禅の。以上、今朝のおやじギャグ劇場でした。
 昨日は三田さんに昼ビールでノックアウトされてしまったおかげで、肝腎の探訪記を書けずに終わってしまった。その宿題を、一人学院事務局にこもって、やる。話しかけられることもなく、電話も土曜だから滅多に鳴らない。仕事は進む。
 電車の窓から眺めると、どこもかしこも白ピンク色。おずおずと芽吹いていた頃の君は可憐だった。でもそう咲き誇られちゃうと俄然、暑苦しいぞ、サクラ。花見に群れてるニンゲンも鬱陶しいなぁ、昼から飲んじゃってるし(お前もだろ)。
 午後3:30退社。
 夕食=肉団子、穴子の押し寿司、豚しゃぶ、サラダなど。食べ過ぎ、胃が痛い。



2005年4月10日 (日)

恐山

 昨晩の食べ過ぎ(飲み過ぎも)のせいか、胃が痛く、なかなかベッドから起き出せない。結局、シャワーを浴びたのは午前9時から。学院は春休みで、ボクは行っても行かなくてもいいという日である。尻をたたいてくれるモノがないと、こうなる。
20050410_004 午後1:30、散歩に出る。ちょっと裏山を散策するつもりで、ふと目に入ったハイキングコースに入ったところ、とんでもない深い山に入り込んでしまう。歩き続けて、家にたどり着いたのが午後5時。
 夕食=焼き肉(またかよ)。






2005年4月11日 (月)

好きです、五反田

 午前6:10起床。朝からしとしとと降る雨は予報通り。花粉症の方々には恵みの雨か。
 花粉症といえば、大川学院でもインストラクターの小梨さん、直営店院長の安藤くん(とごし銀座)、峯岸くん(にしくぼ)など、今年デビュー組が続出中である。
 ボクはといえば大学生の頃、実は1年だけ花粉症、やっている。ド近眼だからして、コンタクトレンズが欠かせないボクには、これはかなりキツかった。これから毎年こんなふうか、と暗澹たる気分でその次の春を迎えたが、何故か大丈夫だった。本当に花粉症だったのか、あれ? なんにせよ、皆さん、耐えてください。
 午前9:15出勤。松浦さん、小梨さん、長谷川さんにボクと、久々にオールスター・キャストの学院事務局であった。午後2~4時、実技の自由練習に少しつき合う。
 何故五反田に? と、よく聞かれる。11年前、五反田に第1号の治療院をオープンするにあたって、ここに土地勘があったというわけでは全くない。
 自宅が神奈川なもので、まず電車で品川に出てくる。で、山手線で東に行こうか西に行こうか迷うわけだが、東に行くと田町を経て有楽町、新橋と、どんどんビジネス街になる。付近に住んでいらっしゃる方々を患者さんとした、地元密着型がこの仕事の基本だと、当時から考えていたので、これは上手くない。
 で、西へ山手線を辿ると、大崎、五反田、目黒、恵比寿と来る。大崎は今でこそ綺麗になったが、当時はまだ、操業を停止した古い工場が軒を連ねるばかりの、再開発の準備中の街。うーん、難しい。
 目黒は、ご存じの通り、いわゆる芸能人の方々なんて多く住んでいらして、おしゃれな雰囲気の街だ。が、その分テナント料も高い。さらにここはウチの業界では、日本有数の激戦区。うーん、キツい。
 恵比寿は当時、ガーデンプレイスが完成間近で、やはりテナント料がウナギ登りの真っ最中。ちょっと損かな。などということで消去法的に、本当に何となく、五反田に落ち着いたわけである。
 実は広尾にいい物件があって、そこと五反田とで最後まで悩んだ。その広尾の物件と目と鼻の先で、現在、知り合いのカイロプラクターが開業しているが、非常に盛業している。彼に力があることはもちろんだが、やはりあれはいい物件で、広尾もいい場所だったのだ。
 でも五反田でよかったと今思うのは、余所へ引っ越すこともなく、治療院からそのままこの地で、自然に学校へ移行できたこと。五反田ほど「通う便がよい割にはテナント料の安い」地域も、そうあるまい。
 なにせ山手線中探しても、ホームが1つだけなのはここと大塚ぐらいではないだろうか(よく調べてませんが)。駅のまわりに何があるって、ハッキリ言ってあんまり何にもありません。女の子が喜びそうなお店っぽいもの、ほぼ皆無です。
 そういったわけで、人が集まらないわけだから、ここら辺はテナント料は低めで済む。とりあえず広いスペースを押さえなくてはならない学校にとってはメリットだ。これ、広尾では難しかっただろう。もしあっちで開業していれば、引っ越すのも面倒くさいなどということで結局、学校を始めることもなかったかもしれない。
 で、五反田であるが、交通の便が悪いのかというと、実は全然そうではなくて、電車なら3線乗り入れている。山手線の他に東急池上線(五反田が始駅)と、地下鉄浅草線である。車で通院・通学する人はまずいないが、車の便もいい。桜田通りが真っ直ぐで異常に広いのと、人が集まらないおかげで、渋滞に巻き込まれるということがない。
 人がいない分、朝や夕の散歩なんかも、気ぜわしくなくて、よい。いかにも散歩道って感じの街路や公園より、人影もまばらな住宅街をブラブラする方がボクは好きですねぇ。その意味では池田山や島津山、あるいは御殿山なんかは非常にいいのだ。
 御殿山という地名は、池田山、島津山と同様、地図上には無い。五反田から大崎方面に歩いた北品川一帯である。セルビア・モンテネグロ、モーリタニア、ミャンマーなどといったレアどころの大使館が点在し、住宅街の真ん中にいきなり小さなギャラリーや美術館が現れたりする。 
 その五反田も最近ではキャッツシアターができ、この間オープンした東急ステイに続いてホテルもさらに建つ気配がある。「人の流れが変わってきたのでは」とは五反田直営店の成木くんの弁である。が、ボクにとっての「好きです。五反田」の理由の第1は、やっぱりこの「なんにも無さ」なんだなぁ。商店会長さん、ご免なさい。



2005年4月12日 (火)

チャートとか(堀江さん風に)

 午前6時起床。ちょっと、寒いんですけど! 久しぶりに手袋をして出勤。
 それでもハーフパンツ。これ、この春休み、はき続けてきたものだが、楽なもんでクセになってしまう。まあ脚は出してもそう寒くはなかろう、女の子だってスカートはいてるんだし、などと思って出て来たが、寒いよー、やっぱり。
 午前9:15出社。昨日とは打って変わり、今日はまた誰もいない大川学院事務局。
 9:30、コンピューター関連機器の通販パソQから外付けHDD(ハードディスクドライブ)が代引きで届く。早い! これ、昨日オーダーしたものである。学院のデータ、最近増え過ぎちゃってるのでちょっと整理して、これでバックアップをとっとくか。
 この4月の新入生が願書と一緒に提出してくれた小論文を、時間をかけて読み返す。大川学院の学生の「人種」構成はきわめて多様である。高校を出たばかりの若者(当たり前か)がいるかと思えば、定年後の趣味と実益を兼ねて、という60過ぎの会社重役さんもいらっしゃる。が、最も典型的なモデルをあえて捜すとすれば、二十代後半から三十代にかけての、社会人としてそれなりの経験をいったん経、さまざまに考えた上で、この道に志した方々、つまり昔のボクみたいな人ということに、やっぱりなろうか。 
Slide 教材のメンテナンスにも勤(いそ)しむ。大川学院の講義はほぼ全て、PowerPointベースのプレゼンテーションに作り込んである。これによって昼間部、夜間部、準本科という3つのコース間で、講義の内容に偏りが出るのを防ぐことができる。また仮に期によってインストラクターが替わったとしても、講義の質を維持しやすくなる。
 のだが、これらPowerPointファイルなどの教材の作成、更新には多大な労力を要する。インストラクターとしては悩ましいところだ。
P1010032 更新に時間をとられるもう一つの教材がチャートである。チャートとは? 海図というような意味ですね。そう、あの数学のベストセラー参考書『チャート式』シリーズのチャートである。
 要は、ただ読んだらよく分からないかもしれないテキストの内容を、単元ごとに、分かりやすくまとめたペーパーである。ところどころ空白になっていて、そこを学生はテキストを読みながら埋めてゆく。書くことによって頭に入るし、漢字の練習にもなる(日本語の医学用語は漢字が非常に特殊である)。手を動かしていれば眠気も遠ざかる。
 チャートは、テキストを理解し、憶えやすくするための参考資料であると同時に、テスト用紙にも早変わりする。大川学院では毎日、講義の冒頭に、前回の講義内容についての小テスト(これをプリントと称する)がある。学生は空白欄が埋まっていないチャートを渡され、これをテキストを見ないで埋めて提出するわけだ。
「え~毎日テストぉ!」と引くなかれ、読者よ。プリントは、あくまで学生自身のため、自分の頭の中を整理してもらう目的で行われる。よって、制限時間内であれば、納得がゆくまで何度でも受けられるし、パスも可能だ。パスしちゃった分は、またいつか時間があった時に憶えて、やってくれればよい。
「でも結局、そのプリント、全部通さなくちゃいけないんでしょ」
 うん、実はそうなんです。逆を言えば、プリント全部通した時が、卒業の時です。プリントの他にも、実技、座学の定期試験など、通して欲しいものはもう少しありますが…。だ、か、ら、いいじゃないですか、勉強になるんだから。
 午後5時、学院を出る。ナイン・トゥー・ファイブか。寒いってんで、品川駅ホームのキオスクでワンカップ大関の熱燗を買ってイッパイ。
 夕食=サラダ、ポークチョップ、イイダコのパスタなど。



2005年4月13日 (水)

Dreams come true

 飽きもせずに午前6時に起床。また寒い雨。「長い」ジーンズ、いったんしまった革のジャンパーで出かける。手袋は――昨日、職場に忘れてきました。
 またチャートのテコ入れ、スライドの作成などで、瞬(またた)く間に一日が過ぎる。新入生の小論文の読み返しも進む。Aさんの選んだテーマは『将来の夢』。そのまとめの部分から引用。
「たくさんの人に親頼されるカイロプラクターになりたいです」
 それいいねぇ! 「親」頼とお書きなのは、「信」頼が正しいんだけど、「信じて」頼ってもらうのもいいが、「親しく」頼ってもらうって、多分そっちの方がボクらの仕事の本質、あるいは理想を言い当てていると思う。Aさん、欽ドン賞ケッテー、って分かんないでしょう、お若いもんね。
 Bさんのテーマは『入学の目的』。またそのオチの部分。
「家族のため、自分のため、そして人のためになるカイロプロテクターになること」
 うーん、それもいい! カイロプラクティックをやる人はカイロプ「ラ」クターで、カイロプ「ロテ」クターではないんですけど、こっちに改名しようか、ウチだけで?
 カイロプラクティックは元々予防医学として発展してきたものです。痛みを取り除くなどの「治療」も大切ですが、それと平行して、患者さんが同じ辛い状況に再び立ち至らないようにするための「予防」こそが非常に大切。まさにボクらはプロテクター、Protector、つまり痛みや疾病から患者さんを「護る者」なんです。Bさんも欽ドン賞、決定だ。
 Cさんの将来の夢はこんなだ。
「死ぬ間際、「カイロを仕事に選んで本当に良かった。天国に行ったら、神さんをアジャストしてやろう」と言って死ぬこと」
 多分ボクの方が先に死にますんで、まず師匠がそれを言えなくちゃいけませんね。頑張りまっす。地獄で再会しちゃったりして。 
 午後5時、まだ降っている小雨の中、学院を出る。夕食=ピザ、サラダなど。



2005年4月14日 (木)

快晴

 久しぶりの快晴。子供の頃は雨が好きだったが、最近は晴れがいい。
 ボクは小2の頃より近眼だったので、何ができないって野球ができない。何しろピッチャーが放る球が、ホームベース1m手前ぐらいにならないと見えてこないわけだから、消える魔球(逆か?)と毎回勝負しているようなものだ。最近はサッカーやバスケなどより広汎なオプションも許容されるようだが、ボクが小学生の時分は(それと多分、東京の下町という場所柄)、野球をやらねば人にあらずという雰囲気があった。
 で、嫌なんだよなぁ、誘われるのが。どっちかというとボクは家で本を読んでるか、リリアン(知ってる? 編み物の一種)などに我を忘れるか、していたいのに。降れば誘われずに済む。それで雨が好き。
 最近は、降ると散歩ができない、あるいは足が濡れるんで嫌いです、雨。勝手だぞ、おっさん。
20050414_017 2日続きの雨、そしてその後の快晴だ。桜がそろそろ散り始め、あちこちでいろんな花が咲き始めている、どれも名前がよく分からないのだが。何だか分からないけどいろいろある、愛でる対象が多様である、オプションが豊富であるというのは、しかし、いいものじゃないですか。写真は大川学院正門わきの植え込み。
 休暇をとっていた羽生さんが久しぶりに出勤。いくぶん貯まっていた経理関係の仕事に精を出してくれる。
 午後4:40、学院を出る。夕食=石焼きビビンパなど。 





2005年4月15日 (金)

レクチャー

 午前中、新入生の小論文をさらに読み込む。Dさんの入学の動機。
「大川学園長先生の『(カイロプラクターになりたいと思う人で)カイロプラクティックに向いていない人はいない』という言葉がとても印象に残った」(カッコ内筆者)
 そうなんです。カイロプラクターの資質の第1は「人のお役に立ちたい」という気持ちです。だいたい今のこのIT華やかなりし世の中で、お客さんと肌と肌を触れ合わせるようなローテクな仕事っていいな、と思う人というのは、人間と人間との個人的な関係の中で仕事のやり甲斐を見いだそうと志している方なわけで、だからもう既に向いているんです、カイロプラクターに(長いな、この文)。
 しかし「学園長先生」ですか。いいですねぇ、それも。これからは大川園長って呼んでよ、みんな。
 二十代のEさんの入学願書には、保証人欄に同姓の男性の名がある。年齢=「84」。続柄=「孫」。あの…「祖父」では?
 午前9:30、運転免許を更新に警察署へ。優良ドライバーなので、手続きはすぐに終わる。何てったって、もう何年もハンドル握ってないからねぇ。
 車って、ボクの同年代、同性の人、好きな人が非常に多いのだけど、あまり興味を持てない。電車の方が本も読めるし、お酒も飲めるし、安全(そう)だし、お金もかからないし――と理屈はこねるが、実はただ運転が下手なだけである。
 正午過ぎに学院出勤。スタッフ相手に1時間弱ほどもしゃべる。何について? 広告代理店の某社が、弊校のネット上の宣伝用に上げてきた記事について、である。要は日本語がなっていない、こういうおかしな文章を上げてくるライターがいたら君たちがどやしつけてくれ、というレクチャー(講義)だ。
 例えば「初めてのカイロプラクティックとの出会い」なんていう表現があったりするのだが、これを読者は許せるか。おじさんは許せない。いうまでもなく「初めて」と「出会い」とは重複した表現であり、ここは「初めてのカイロプラクティック体験」あるいは単に「カイロプラクティックとの出会い」などとすべきところだ。
 まあそんなことをネチネチと論(あげつら)い、それでガックリ疲れてしまって、午後1:30には学院を出る。もう? ってボクは今日はオフだよ、本当は。
 夕食=カツ丼など。



2005年4月16日 (土)

HP

 午前9:30、保土ヶ谷の行きつけの歯科へ。昨晩、おにぎりを食べていたら取れてしまった詰め物を何とかしてもらいに。これ、憶えている限りでは小学校の頃に入れた物だから、かれこれ30年ほども保(も)っていたことになる。普通か、そのぐらい?
 そのまま学院に出勤。たった一人で教材のメンテナンス。
 この3月の卒業生で、4月頭に荻窪に自分の治療院を開業した大沢さんから電話。
「治療院のホームページの作成を協会でやってくれるんですか?」
 そうです、やります。というか、やろうと思ってます。
「協会」と大沢さんがおっしゃるのは、日本カイロプラクティック医学協会のことである。ジャック・エム=JACM(Japanese Association for Chiropractic Medicine)と通称する。大川学院の卒業生が入会資格を持つ、卒業生のための互助組織であり、親睦団体であり、いろいろなことをやる、やろうと思っている組織だ。今のところの主な活動といえば、開業者保険への団体加入およびその手続き代行、機関誌の発行などというところであろうか。
 治療家として活動を続けていく上で事故が起り、患者さんに補償しなくてはならないようなことが起こった場合に、金銭面での保証をしてくれるのが開業者保険である。誰しも事故は起こしたくないし、起こさないよう細心の注意を払うべきだ。が、それでも保険は入らなくてはならない。事故を起こす気がなくても、車を運転するなら保険には入るべきなのと同じ理屈だ。
 機関誌はTRUSS(トラス)という。建築の用語で「三角構造」というような意味だ。
 大川カイロプラクティック教えるところの治療の3本柱は①関節へのアプローチ、②筋肉へのアプローチ、そして③生活習慣へのアプローチである。で、TRUSSとはこの3本の柱を表現するもの、のつもりだが、読んでる人、ちゃんと分かってるのだろうか? ちなみに学院のシンボルマーク(直営店りらっくすステーションのトップページ右上参照)も、この「三角」を表してるんだけど、患者さんも、学生さんも、知ってました?
 とにかく、大沢さん、このTRUSS上にボクが告知した上のお知らせを読んでのお問い合わせだ。要はJACM、卒業生の皆さんのためになりそうなことなら何でもやりまっせ、という組織なんだから、ホームページ作成代行もいいじゃないか。だってあれ、役に立つもの、広告宣伝に。
 弊校の10ほどある付属院で、ホームページ経由で新患さんがいらっしゃっている割合というと、少ないところでも2~3割、多いところなら6~7割に達する。チラシや雑誌広告と違って、ホームページというのは一度作成してしまえば半永久的に残る。もちろん作成にあたってはそれなりの費用がかかってくるが、宣伝効果が続く時間の長さを考えると、その費用対効果は非常に高い。
 大沢さん、ボクの知ってる人でそういうの得意な人がいますんで、彼に連絡とって、また電話しますね。
 午後2:30、学院を出る。品川駅前にオープンしたばかりのアクアスタジアム前が人でごった返している。



2005年4月17日 (日)

夜桜

 日中のんびり過ごし、午後5時に学院出勤。明日は新一年生のオリエンテーション(入学式のようなもの)なので、新期募集終了間際の学校説明会だけ、やりに来たわけだ。
 松浦さんは福岡。全柔協(全国柔道整復師協会)というところに招かれてセミナーの講師をやりに行っている。普段、彼女は日曜の、学院準本科の講義を持っているから、こういうことができるのは学期間休みぐらいである。学院在校生でいつも準本科のヘルプをしてくれている横堀くんも今日は休みにしちゃったから、とごし銀座院の安藤くん、小梨さんとボクの3人きりで説明会をやる。
 時期が時期だけに参加者も多くなく(7~8人)、面と向かってお話する感じでホノボノと説明会は進む。Sさん、体験治療に体を貸してくださって、ありがとうございました。主なQ&A:
Q
「座学と実技との間の関係はどうなんでしょう? 別々の先生がお教えになるのでしょうか?」
A
「座学の内容と実技の内容とにはなるべく関連性を強く持たせるよう、工夫しています。例えば今日、座学で肘の構造を勉強したんだとしたら、その後に続く実技では肘のテクニックを学ぶ、などということです。
 弊校のインストラクターは全て、現役の治療家もしくはその経験のある者です。そして、そうあるべきであるという点について弊校はこだわりをもっております。
 大学の医学部などでは、そこの学生のうちの幾割かは将来、臨床よりは研究の道に入るはずです。ですからそこでは、解剖学も生理学も、それを純粋に学問として眺めるという姿勢が必要です。
 が、ウチにいらっしゃる方は違う。将来、研究者になろうと考えていらっしゃる方はいないはずで、みなさん治療家として自立することを目的としているわけです。であってみれば、全ての基礎医学が、臨床との関連性の中で考えられ、教えられるべきです。例えば解剖学の授業中に、そのテーマの実技との関係について、インストラクターが自分は実技はやったことがないからという理由で、答えられないのであればそれはおかしい、学生さんの利益にならない、とボクは考えます」
――――
Q
「ボクも体験治療、受けたいのですが――」
A
「今日はもう時間がありませんので無理です。スイマセン。
 弊校の卒業生がやっている治療院あるいは直営店のアドレスをお教えしますので、患者さんのふりをして行ってみられたらどうでしょう? ボクらの仕事の現実をありのままに見ようと思ったら、それが一番だと思います。卒業生の治療院の連絡先を教えてくれないような学校は、考え直した方がいいですね。
 私事ですが、ボクもサラリーマンからこの道への転職を考えていた、今を去ること十数年前、さんざんやりましたよ、これ。都内で名前の知れたカイロの先生の所へは一通り行ったんじゃないですかね。カイロの治療そのもの以外にも、治療院の立地、患者さんやスタッフの方々の風情などなど、仕事としてこれを選んでやってゆく上では、考慮の対象となる物をいろいろ見ることができて、非常に良かったと思います」
――――
kkkkk 1時間半ほどしゃべり、個別相談は小梨さん、安藤くんに任せて午後8時頃、学院を出る。品川駅前、プリンスホテル横でライトアップされた桜を初めて見る。実は毎日のように見ている同じその木なのだが、ここしばらく、これぐらい遅く帰るということがなかったからだね、夜桜を見なかったのは。写真はさすがに暗すぎたか。
 夕食=ビーフストロガノフなど。



2005年4月18日 (月)

オリエンテーション

cc 午前9:30出勤。小梨さんらスタッフとともに、新入生のオリエンテーションのための準備に追われる。オリエンテーションは今日と明後日の2日あるのだが、新入生さん方にとっては今日が大川学院におけるデイ1である。皆さん、キンチョーしてますか?
 学院にはいわゆる入学式はない。新たな一歩を踏み出したということは、まあ、めでたくないこともないが、でも、大切なことは皆さん方がウチで何を学び、それを使ってどう生きるか、の方ですよ。予備校に入学式がないのと同じ理由で、敢えてやりません、入学式。その代わりというわけでもないですが2年後、卒業式は、またここにいらっしゃる皆さん全員で楽しくやりましょう。
a 大川学院は、皆さん方の夢や希望を実現するためのツールです。せいぜい使ってください。また、改良点についてご意見を下さい。教室の壁一面をカバーする大きな鏡も、日曜だけの準本科というコースも、元はといえばみんな、学生さんのリクエストから始まったものなんです。
 お応えできないリクエストについては必ず、その理由を説明します(例えば授業料をタダにして欲しいとか。そりゃ無理です)。が、お応えできるものだったら、可能な限りお応えしたい。それによってしか学校というものの繁栄はないんじゃないか、と考えています。お客さん(学校のお客さんは学生だ)のニーズがますます多様化するだろうといわれるこれからの時代には、なおさらそうでしょう。
 オリエンテーションというのは、学校の様々なルールや勝手について分かっていただくためのミーティングである。とはいえ、講義らしきものも既に混じっている。例えば今日なら『体の基本的な面、方向、部位』などとスケジュール表にはある。解剖学の基礎の基礎だ。
aaa 登校初日から授業? そうです、いいじゃないですか、得した気分じゃない?
 昼間部は午後1~4時、夜間部は午後6:30~9:30、いずれも通常の授業通りの時間帯で、つつがなくオリエンテーション終了。まあみんな緊張してるね、初日だからね。すぐに近所の居酒屋や喫茶店などで、ワイワイやり始めるんだろうけどね。
 皆さん、頑張って下さい。で、一日も早く皆さんの治療院に、ブログの『探訪記』のネタ作りに、遊びに行かせて下さい。久しぶりに目一杯働いて楽しかったゾー。
 夕食=鳥&カシューナッツ、回鍋肉、チャーハンなど。



2005年4月19日 (火)

好きこそモノの――

 いつものように午前9:15頃出社。大川学院2年生の授業はまだ始まっていないので、今日はいわば予備日だね。じっくりと教材の開発に取り組める。
 午後1:30、スタッフの羽生さんに
「散歩してきます」
と言い残し、五反田図書館へ。
 セネカ『怒りについて』、ヤスパース『哲学入門』、ライシュ『勝者の代償』、スティグリッツ『人間が幸福になる経済とは何か』を借りる。タイトルに「入門」とか入っている本をカウンターに置くのは、いつもちょっと恥ずかしい。特に齢をとってくると、ますますそうである。ま、この間買ってしまった『プロレス・スキャンダル事件史』、または図書館で借りた『アントニオ猪木の謎』よかマシか。
 いつも思うのだが、図書館のお姉さんたちのあの愛想の良さは、果たしていかにして実現されているのか? オフのこととて髭もまともに剃らず、キャップかなんか目深にかぶって入ってくるボクみたいな「客」に対して
「こんにちはー」
などと笑顔で言っていただけるだけでも心苦しいのに、タダで本を借りてゆくのに対して
「ありがとうございましたー」
なんて言っていただけちゃった日にゃ
「おう、また来るからな」
とか勘違い台詞の一つも返さないと申し訳ないような気分にすらなってしまう。
 どうなんでしょう、Iさん(今日、五反田図書館のカウンターにいらっしゃった方)? いや、ちょっと、職業柄、非常に興味ありますんで、お伺いしてみようかなーと思ったりもしたのだが、お忙しそうだったものでお声もかけられず――。
 勝手に想像するに、好きこそものの上手なれ、というアレでしょうか? 本が好きでいらっしゃって、その好きな物に囲まれ、それを扱っていれば、自然と笑顔も出てくる、という? いや、客商売の経営者が、お客さんと直接あいたいするスタッフの「笑顔」教育に、通常、どれだけ苦労するかということをご存じでしょうか?
aaa 午後4:30、学院を出る。写真は、いつもの帰り道、品川プリンスホテルの(駅から見て)裏。新しくできた水族館の背後に、駐車場も拡張された。桜が一本だけで立っているのが、なんかいいねぇ。
 車中では『哲学入門』を、訳者および原著者による後書きから、読む。
 夕食=ラム・ステーキ、ワタリガニ・ソースのホウレンソウ・パスタ、サラダなど。



2005年4月20日 (水)

オリエンテーション②

 通勤車中ではスティグリッツ『人間が幸福になる経済とは何か』を読む。あれ、『哲学入門』は? ボクはたいてい3~4冊の本を平行して読む。どれを読むかは、その時々の気分次第。要するに飽きっぽいんですな。1冊の本、その本だけを続けて読み通す人って偉いと思う。
 朝から小雨。今日から新入生の授業も本格化するので、何かと準備もある。ということで珍しく品川から最短距離をとって学院まで15分で歩き、9時ちょうどに出勤。
 自分の受け持ちの講義前には、当たり前かもしれないが、準備に時間をかける。テキストと進捗は決まっているわけだから、何を準備するのかと言えば、自分の頭の中をである。何をどういう順序で、どういう言い回しで、どんな例えを使って、どんな図を見せて、おおっ、ここでこんなボケを入れたらウケるだろう――、などというシミュレーションを延々とやるのだ。
 その中で、前回とは変えて今回はこうやってやろう、とかいうアイディアが出てくる。そういった場合、教材として学生に渡すチャートにしても、パワーポイントによるスライドにしても、最近はコンピューターで作るので、更新が容易なのは非常にありがたい。結果、そういったアイディアがその場限りのパフォーマンスに終わらず、次期以降の講義内容の向上に確実に結びつく。
logomoji 学生の実技用のユニフォームに入れる新しいネームの見本が、昨日、T社から届いていた。格好いいじゃない。これでいきましょう。
 松田聖子、20年ぶりに水着姿を披露、16年ぶりの写真集『赤いスイートピー』で、とのこと。なんか楽しそうですねぇ、セーコさんは、いつも。
 午後9:30、ほぼ時間通り授業終了とほとんど同時に、学院卒業生、白金台カイロプラクティック院長の宮川くんがひょっこり来る。
「何しに来たの?」
「いや、ちょっと遊びに」(宮川)
 10時、学院を出る。
 夕食=カタ焼きそば、餃子など。



2005年4月21日 (木)

オフ

 6時起床。昨晩の大(?)雨は止み、午後には晴れ、オフの散歩には最適な天候である。
 午前11時から午後3時頃まで、近所をウロウロ歩き回る。何が楽しくて――と思うかもしれないが、たいていは住宅を眺めている。
 私事に渡るが、国家公務員の息子であるから、物心ついた頃からずっと公務員宿舎という名のアパート暮らしであり、その反動で「いいお宅」に対する憧れが強い。小学校の頃から新聞折り込みの不動産のチラシを子細に眺めていた記憶がある(嫌な子だな、親から見れば)。
RIMG0010 写真は某著名人の方の自宅のすぐわきで発見した物件であるが、いいねぇ、面白い。ここは山のてっぺんであり、屋根の上では風車も回っていて『天空の城ラピュタ』の趣(おもむき)がある。某氏の所有なのかどうなのか?
「お宅眺め歩き」の癖が、自営業者になってから、不動産捜しに大いに役立ったのはいうまでもない。ただ眺めてるだけで幸せな人間なんだから、それに「うまく選ぶと仕事もうまくいくヨ」というスパイスが効いちゃったんじゃ、楽しくて楽しくて仕方がない、不動産選びから始まる仕事そのものが、ということになる。
RIMG0011 静かな公園でも見つけたら、ベンチに座って本を読む。その間もケータイで、例えば以下のようなことに関わる仕事のやりとりを二つ三つこなす。
 最近、大川学院卒業生への新たなサービスとして、ホームページの作成代行を始めた。職業柄、ボクらのHPは華美である必要は全然ない。例えばウチの直営店(りらっくすステーションなど)ぐらいの堅実な作りであれば十分だ。で、そういう手堅いHPを、比較的安価で、そしてはやく、作って差し上げまっせ、ということだ。「安価」っていうんだから、ダダじゃないよー。でも普通の業者より格段に安くて、しかもいいモノにできるはずだ。
 夕食=フォー、石焼きビビンパなど。フォーとはベトナム風ラーメンですな。



2005年4月22日 (金)

Back to School

 午前9時出勤。新1年生が昨年10月の入学生と合同で授業を受ける初日である。
 大川学院は2期制をとる。前期が4月から9月まで、後期が10月から翌年3月までである。新入学時期は4月、10月のどちらでもよい。4月に入学した学生は、半年前の10月に入学した学生と半年間、机を並べることになる。つまり、4月入学生は前期→後期、10月入学生は後期→前期という順番で1年次の授業を受けることになる。
 前期→後期はともかく、後期→前期というふうに、いわば反対に授業を受けることに問題はないのか? ないように作ってあるのだ。それぞれの期の授業内容は、座学も実技も、全く別個であり、どちらかを分かっていないと、もう一方が分からない、ということのないように配慮してある。
 さてまずは、これから半年、一緒に勉強する顔がそろったところで自己紹介タイム。続いて松浦さんの講義は頭部についての基礎解剖学。ボクの出番はカイロプラクティック概論の講義、4回あるうちの1回目である。カイロプラクティックのおおまかな歴史、創始当時の理論、時代背景などについて話す。
dd 新入生のみなさんは、この数日、憶えることが多くて大変だったでしょう。今日は少し軽い気持ちで、楽しんで聞いてください。モノクロ写真の人が誰あろう、カイロプラクティックの創始者、ダニエル・デビッド・パーマー。
 授業の合間には、前の期(2004年度後期)の期末試験の追試が行われる。忙しくて受けられなかった人、あるいは落としちゃった人、みなさん頑張って下さい。
ccccc 学生からリクエストされていた新しいビデオ・シリーズが届く。こういった視聴覚教材は在校生なら皆、無料で利用することができる。
 基本は基本としてアホウのように反復して体で憶えてもらうが、いったんそれができた後であれば、そりゃ、引き出しは少ないより多い方がいい。ボクがボクのやり方でそれなりの成功をおさめたことは間違いではないにせよ、だからといってボクのやり方だけが優れているというわけではもちろんない。広く学ぶのは常によいことだ。
 夕食=酢豚など。



2005年4月23日 (土)

VOW

 午前11時出勤。タッタ一人で教材の開発に精を出す。煮詰まったら、気晴らしにブログを書く。この手軽さが素晴らしいと思う。
fun ←今朝、通勤途中で撮ったもの。糞をいっぱいここにして下さいってこと――じゃないですよね? 揚げ足取り、失礼。 だから、気晴らしですよ、気晴らし。
 瞬く間に6時間が過ぎる。チャート(練習問題)、スライド(パワーポイントのスライドショー)の作成・更新をやっていると、アニメーターという人たちの気持ちが分かる。1時間で終わる講義のスライド作成には、スライドの台本たるマニュアルの作成時間を織り込めば、まあ10時間以上はかかっているだろう。小テストとして使えば学生が10分ほどで解いてしまうチャートの作成・更新にも、延べならやはり何時間もの時間と、何人ものスタッフのチェックの手間が入っている。
 午後5時、学院を出る。夕食=オレキエッテのガーリックソース、タコ・サラダなど。
 オレキエッテとは、耳たぶのような形をしたパスタ。確か『ゴッドファザーⅢ』でアンディ・ガルシアがこれを作っていた。耳たぶのことを英語で、解剖学用語だが、オーリクルという。オーディオって言うでしょう、「音の」っていうような意味で。あれもこれも同じ語源だね。
 タコ・サラダとは、鮹(たこ)をサラダに入れたわけではない。代表的なメキシコ料理の一つ、Tacoをサラダ感覚で、まあ挽肉やらレタスやらチーズやらを辛いソースで混ぜこぜにしたもの。



2005年4月24日 (日)

準本科もスタート

aaaa 午前10:45、学院出勤。11時より、1年生準本科、新入生のオリエンテーション開始。ボクもちょっと話す。
 準本科とは大川学院の日曜だけのコースである。それでも通常の小テスト、定期試験、実技テスト、インターン実習などは本科生と同じ条件で行われる。よって卒業証書にも本科、準本科の区別はない。
 本科生が週に3日かけてやることを1日にまとめてやろうというわけだから、通学日の拘束時間は長い。午前11時から午後5時までカンヅメになり、ほぼぶっ続けで授業を行う。
 本科と同じ内容を同じ進捗でやってますから、途中で本科に移るのも、またその逆も、割と気軽にやっていただける。また、本科の学生が、既に受けた授業の復習に、あるいは受けられなかった授業を受けに、準本科に出てくることもよくある。授業には何度出ても、受講料は同じ。などなどと、この本科、準本科の並立システムのいいところはこういった柔軟性です。
 まあそれはともあれ、何にせよ皆さん、これから2年、是非がんばってください。
 準本科生の方たちの大変な(んだろうとボクが思う)ことの一つは、座学部分の自分で予習してこなくてはならない分量の多さだ。実技部分は本科生と全く同じ授業を行うため、座学についてはどうしても、各自で自宅学習してきてもらわなくてはならないことになる。
 ここで活きてくるのがチャートだ。ただ本を読んでも分からない(かもしれない)内容も、チャートの問題を埋めながらだとよく分かる。また分量が多ければそのうち飽きてきて、眠くなってしまうのが常だが、手を動かして書いているせいで、これも防げる。チャートというのは、優れた自習用教材であるということだ(また自慢)。
 まあ、やってみて下さい。やれば分かります。皆さんが思っていたほど大変ではない、はず、です。何か分からないことでもあればいつでも、どこからでも、小梨さんか長谷川さんにでも電話してください。
 午後5:10、ちょっと時間をオーバーしてオリエンテーション終了。学生全員を送り出してから、学院を出たのが5:30頃。小梨さんはもう少し残って、追試を受ける学生につき合う。ご苦労様っす。
 夕食=ご飯にイクラ、肉じゃが、豚のショウガ焼きなど。



2005年4月25日 (月)

ツバメ flies back

 午前10時の予約通り、歯医者さんへ。取れていた詰め物を入れてもらう。
 11:30学院に出る。朝から気が滅入るような雨。午後にはぼちぼち晴れてくる。
 1年生の授業。松浦さんの座学は、早くも、脳と脊髄の解剖学。大変だ、新1年生さんたちは。大丈夫、コツを飲み込めばすぐ楽になります。
col_bj11 ボクの授業はカイロプラクティックの歴史、パート2。また楽に聞いてください。創始者のDDパーマーの息子、BJパーマー(写真)の「活躍」の物語。DDとBJの「愛憎」の物語。米国医師会との「闘い」の物語。オステオパシーとの「競合」の物語。いやー、ドラマチックなんですよ、実はこの業界の歴史って。
 学院となりのマンションの駐車場にツバメの巣がある。どうやら今年も「家主」が戻って来たらしい。近づけば、かなり間近で生のツバメを見ることができる。これに学生のOさんが感動している。
 空き家だった冬の間に古く小さくなっちゃったその巣を、せっせと繕(つくろ)っているこのツバメは、去年のあの雛たちのうちの一羽なのか? あるいは去年の親ツバメがまた来ているのか? もうつがっているのか、まだ独り身なのか? いずれにせよ寒い間、どこで何をしていたのか? どうやってここまでたどり着いたのか?
 どうであろうと、逞(たくま)しい、見た目は軽やかなくせに。着替えもシャワーも、コンビニもファミレスも、基本的人権も失業保険も無い中、それでもちゃんと生きて成長して、子供まで産み育てちゃおうってんだから。
 夕食=カツ丼など。



2005年4月26日 (火)

ツバメ続編

 午前9時出勤。2年生の前期授業の初日である。
 アレっ、皆さんもう2年生? っていう感じだね。これからの半年、いよいよボクとほぼマンツーマン形式で治療業務を仕込みますが、多分これ、今までの1年よりもっと早いと思われます。しっかり頑張ってください。
 今日の授業は、前半はX線撮影についての講義。後半の実技は――なんと表現すべきか? 要するに患者さんが初診でいらっしゃったらこうやって、こうやって、こうやるの、というデモンストレーション。だから学生さんは今日のところは、また次回も多分、口をポカンと開けて見るだけ。とにかく学生を一人ピックアップして新患さんにみたて、触り方、検査の仕方をやって見せる。
 一般的な方法を見せているのではなくて、その、たまたま選んだ学生の場合、何がどうである、だからどう考える、という切り口でやってしまう。よって、よく分からない点も少なくないでしょう、初めてじゃ。大丈夫大丈夫、これもやってるうち、すぐに皆さんも同じようなこと、できるようになりますよ。
 午後10時過ぎまで学生の練習につきあい、学院を出たのは10:15頃。しかし昼間部と夜間部、のべで6時間しゃべり続けると、さすがにちょいと疲れる。
 学生Oさんによるツバメ報告の続編 by E mail。
tubame「あの後つばめを脅かさぬように携帯のカメラで撮影していた所に彼女(?)をかばう様に、私との間にもう一羽のつばめが現れました。不審な物が近づかないか、ちゃぁんと見張ってくれているのですね~ 鳥の深い夫婦愛にさらに感激しつつも退散いたしました。一週間目の頭の酷使を少し和らげる出来事でした」
 夕食=鳥の唐揚げのタルタルソースがけ丼(って、オイ! 今日ぐらい鳥はやめとけよ、鳥は)、パイナップル、焼き鳥(だ、か、ら!)など。



2005年4月27日 (水)

耳をすませば

 また怖い夢を見てしまう。
 スタジオ・ジブリの『耳をすませば』に、確か、雲にのって(?)猫と空を飛ぶようなシーンがあったと思うが、まずあの状態にいる。で、何を思ったか(自分のことですが)傘の柄を両手でしっかり握った上で、雲から飛び降りる。と、傘がパッ開いて軽やかにパラシュート降下、かと思いきや全く違って、万有引力の法則のなすがまま一直線に墜落する。体が回った拍子に、眼下はるか彼方に街の灯が見え
「あ゛~!」
と絶叫して目を覚ます。
 しかし気持ちいいもんですね、思いっきり声出すのって。その後は安らかに眠る。
 久しぶりの早朝、池田山散歩。昨晩のニュースによると小泉さん、新築なった首相公邸に移ってしまったらしい。だからここの仮公邸にはもういないのか、と思いつつその近所まで来ると、やっぱりお巡りさん、前に変わらずいっぱい立ってますけど。さすがにカメラを向ける勇気は無し。
 午前7時出勤。久しぶりの早さ。
 2年ぶりに基礎医学の講義をやってみる。担当者の松浦さんに何かあったというわけではなく、ちょっと久しぶりにやってみたくなっただけである。しかしそうすると、基礎医学に続く手技療法の講義もボクがやるわけで、今日の「しゃべり枠」は延べ5時間。昨日も長かったが今日も長い。
 講義のついでに、ストラクチャー・チャートについて話す。階層構造表という訳になる。勉強の内容も、世の中の物事も、階層構造でとらえ、考えると、なかなかに便利だよ、という話である。ブログリーダーの方々への詳細は、そのうち。
 夕食=ラムのステーキなど。



2005年4月28日 (木)

連休明けに会いましょう

 久しぶりにハーフパンツでの出勤。午前9時、学院着。
 暖かい。気温は日中も上がり、ついに今年初めて、教室内のエアコンを冷房に入れる。
 2年生の授業、座学のテーマは『CT検査』、実技は前回に引き続き、学生を患者さんに見立てての治療のデモンストレーション。
 何故か夕方にお腹が空いてしまい、珍しくポロロッカの鳥ソースかつ丼とサラダを食べたのが午後5時頃。ボクがこのサイト上で夕食のことしか書かないのは、夕食しか食べないからである。もう十年以上になる一日一食の習慣で、これが普通になってしまっている。たまに人とのつき合いなどで昼ご飯でも食べてしまうと、苦しくって眠くって、午後が仕事にならなくなる。
 夜間部の授業後、午後11時頃まで学生の練習につき合い、学院を出たのは11:15。明日から連休。夜の街は酔っぱらいだらけ。
 学院もちょうど一週間、まるまる休みとなる。新学期が始まって間もなく休みとなってしまうわけだが、これ、特に新入生には初っぱなの負担が大きいだけに、体勢を立て直すための緩衝材として丁度よいようである。
 夕食は――夕方に食べてしまったのでさしたる食欲無く、冷凍庫に残っていたアイスクリームだけ食べて寝る。ハーゲンダッツのキャラメル味、および明治のスーパーカップ。



2005年4月29日 (金)

完オフ

 午前6時起床。
 近所のショッピングセンターなどをブラブラ。春物・夏物の衣料などを眺める。
 ボクは授業中もジーンズの自称ジーニストである。実はただ、ちゃんとしたズボンの折り目を付けたり、気にしたり、といった煩わしさが耐えられないだけである。仕事さえできれば外見は問わないという、あの、予備校的理想から抜け切れていない、抜け切れたくない、という面もある。というわけで自然とジーンズ売り場に。
 女性物は美脚・美尻ブームである。「美脚」は多分、誰でもビキャクと読むであろう。辞書には載っていないし、ワープロ変換もされないけど。では「美尻」は何と読むのか?
「びしり」か? それじゃなんか「ビシリッ!」というあの擬音語が連想され、さらにはお尻を叩かれて叱られる図にまで想像が至ってしまう。どうも――。
「みしり」だろうか? 椅子に腰掛けた瞬間に「ミシリッ!」と音がするような、そういうお尻か? ってこれもなんか――。
「みっちり」? みっちりとくればむっちり。マリリン・モンローの時代ならいざ知らず、今日日(きょうび)の流行(はやり)を基準として「美」というからには、「みっちりむっちり」じゃあ、いかがなものか――。
P1000001 答えはどうやら「びじり」であるようだ。ボクはちょっと嫌ですねぇ、「し」に点々を付けてしまうその語感は。現実的にも「ビキャクですねぇ」と言えば、多分、相手には喜んでもらえようが、「ビジリだねぇ」と言ったらセクハラ呼ばわれしかねなかろう。
 などと、半ばわざと、どうでもいいことを考え、考え、のんびり一日を過ごす。非常にいい気晴らしとなった。
 休みの日は、食べて眠くなったら昼寝してしまえばいいわけだから、昼も食べる。昼食=ロースかつ定食。夕食=回転寿司。





2005年4月30日 (土)

一寸先は――

 ちょっと寝坊して午前7時起床。
 スティグリッツ『人間が幸福になる経済とは何か』を、やっと、読み終わる。繰り返すが、本を読むの、相当遅い方である。著者はアメリカのビル・クリントン政権下で経済諮問委員会のメンバー、後に同委員長を務めた経済学者で、2001年にノーベル経済学賞を受けている。
 どういうお話か? 「一寸先は闇」というお話である。
 未曾有の経済成長を遂げた1990年代のクリントン政権があり、2000年代、ブッシュ政権になった途端にそれがこけ、た、わけである。で、しかし、そのこけた原因は実はあらかた、90年代のクリントン政権時代に播(ま)かれたものだと、そういう話だ。詳細は、興味があれば、本そのものにあたって下さい。
 それにしても呆れるのは、学者としての真っ直ぐさである。クリントンに用いられ、彼を高く評価しつつ、それでも実に率直に同政権を、褒めるべきは褒め、弁護すべき点については弁護した上で、最終的にはその批判されるべき点について極めて辛辣に批判しつくしている。
 批判の対象はクリントン個人のみならず、同政権内のブレーンたちや組織、そして自分自身の判断にまで及ぶ。およそ偉い学者さんらしからぬ謙虚さであるが、いや待てしかし、「偉い」もノーベル賞級となると、むしろこのぐらい腰が低いのだろう。
「誰からも批判されないということは、大したことをやっていないということだ」
 これはやはりアメリカの現国防長官ドナルド・ラムズフェルドの言葉だ。彼については実はあまり知らないから好きも嫌いもないが、この言葉だけは好きである。しかし現実の世の中、建設的批判でもって恩に報いるなんていう人間関係って、なかなかお目にかかるのは難しい。でもお目にかかりたいと、切にいつも願っている。精進だね、人生、精進です。
 午後の数時間、学院事務局に一人でこもり、新しいホームページのドラフト(第1稿)に目を通す。午後5:30に退社。
RIMG0022 写真は品川駅横に最近オープンしたラーメン店街『品達』。品川駅は、駅の海側への通り抜けが可能になり、新幹線が止まるようになって、格段に広く綺麗になった。今を遡ること18年前、ボクが社会人として最初に通勤した場所がここ品川である。写真のカンバンの後ろにそびえ立つビル群も、あの頃は一つも無かったはずだ。
 夕食=シウマイ、冷やし中華など。