2005年6月 1日 (水)

The Graduate

 午前8:15から20分ほど島津山を散歩して出勤。池田山以上に静かでよい。ほとんど誰とも行き交わない。たまに見るとすれば同類さん、つまり散歩目的で散歩してる人だから、歩調からして緩やか、軽やかである。
 昨年12月、松田聖子さんと娘さんが自宅で大喧嘩し、警察が出動していたことが5月31日分かった、そうである。「出動」って、怪獣大行進じゃないんだから――あれは自衛隊か。ゴジラ対ミニラという感じか。
 親子喧嘩で出動させられちゃったお巡りさんも、どんな顔して現場に駆けつけたのか。まあ相手が相手だ。多分ニヤニヤしていただろう、少なくとも帰り道では。芸能界、角界、庶民界とわず、身内なんだから皆さん仲良く、ね、ね。
kakaka 1年生の授業。実技はR2手技の総復習その①。来週月曜の実技テストに向けて皆さん熱心である。写真は昼間部が終わって1時間経った時点での教室内。帰りませんねぇ、なかなか。頑張って下さい。
 卒業生がひょっこりやって来ることの多い日であった。多いといっても二人だが。
 一人は、以前も紹介したが、宮川くん。学院から歩いてでも行ける距離の所で白金台カイロプラクティックをやっている。今日のインストラクターとして来ている田中さんと、休み時間中にラーメンを食べに来た(ホント?)らしい。
 もうひとりはYくん。まだ卒業してはいないが、もうインターンシップを終わって、学院卒業生の治療院に就職してしまっている。ウチのスタッフとの飲み会の打ち合わせだそうである(それもホントか?)。
aaabbb 卒業生が教室内や事務局あたりをウロウロしてるのっていいねぇ。楽しい気分になります。宮川くんなんて、たまたま来ていた授業見学の人と友達になっちゃって、営業までしてくれてるし。
 夕食は、もう面倒くさくなっちゃって抜き。午前中におにぎりとサンドイッチ食べたし。



2005年6月 2日 (木)

和食、雨中、恵比寿から歩く

 午前10:00出社。朝から怪しげな曇り方。今日の午後から明日にかけて大雨の予報である。
 CNNが開局25周年だそうで、記念番組をあちこちの時間枠でやっている。深夜0時からのラリー・キング・ライブのゲストのメンツが凄い。昨晩はお父さんブッシュ夫妻、そのまた前の晩はディック・チェイニー夫妻、そして今晩(明日の早朝)はビル・クリントンである。やっぱり夫婦で出るのか?
 しかしアメリカの政治家の奥さんというのは、よく表に出るし、しゃべる。チェイニーなんて、ほとんど奥さんが喋っている。彼、奥さんとは高校の時からつき合っていたというが、それもすごい。
 2年生の授業。カルテをつけながらの治療シミュレーションは、まだまだ続く。座学は腰椎椎間板ヘルニアの手術について。
 夜間部授業終了後に下の妹が学院に尋ねてくる。安めにPCを譲ってやり、その見返りに、和食屋で一杯おごってもらう。ラストオーダー後に恵比寿から五反田まで歩き、帰り着いたのが午前1:00頃。おかげでラリー・キング・ライブのビル・クリントンは見逃してしまう。
 雨の中1時間ほど歩いたが、楽しいねぇ、恵比寿、目黒の辺りって! 気の利いた店や建物がいっぱいあって。実妹と飲んだのって初めてである。



2005年6月 3日 (金)

ウォーターゲート

 オフ。ゆっくり寝坊し、ブラブラ過ごす。
 この間、図書館で借りてきたルソーの『エミール』、『社会契約論』など、パラパラとめくってはみるが、どうも二日酔いっぽくて集中できず。そんなに飲んだわけでもないのに。弱くなったってことか、肝臓が。
 読者はディープ・スロートってご存じだろうか? R・ニクソンを辞任に追い込んだウォーターゲート事件のスクープ報道に際して、新聞記者に情報を提供したとされる人物のコードネームである。情報源の秘匿をタテにとり、新聞社(ワシントン・ポスト)側は、それが誰であるか公表を拒んできた。が、このほどその本人が名乗り出、新聞社もこれを認めちゃったのだそうである。元FBI副長官のフェルトさんという人だそうだ。
 こういうことには夙(つと)に敏感なラリー・キング・ライブ。急遽、特番を組み、ビル・クリントンへのインタビューの直後にこれをぶつけてきた。ゲストはそのスクープ記事を書いた当人、ボブ・ウッドワードと、カール・バーンスタインである。で、この二人がまた、表現が仕事であるから、しゃべるしゃべる。
 楽しいねぇ、アメリカって。大統領を失脚させるほどの報道に際して、記者も、その属する新聞社も、最後まで情報源を秘匿できるっていうところがまず凄い。ウッドワードやバーンスタインもこの30年間、元気に生きていて、しかも現役で書いているというのが凄い。職業と職業人が、自律かつ自立している。もちろん、そんな仕事、そんな人たちばかりでもないことは論を待たないが。
 ラリー・キング・ライブ恒例の、視聴者からのライブ電話質問も凄かった。
「間違って書くということについて、恐くはないのですか?」
こういうことを素人が大御所に聞けちゃう雰囲気、またそれに対して大御所が熱心に答える様は健全だ。
 夕食=餃子など。



2005年6月 4日 (土)

変形性脊椎症

 午前9時出勤。曇り。涼しい。
 2年生の授業。腰椎症が終わる。別名、腰部変形性脊椎症。講義の内容は以下のようなこと――。
200f1 背骨は椎骨という骨のつながりであり、その継ぎ目には椎間板という軟骨組織がある。非常に柔軟かつ強靱な組織で、我々の大黒柱を支えてくれている。これが、よくできた組織なのだが、年をとると水気を失い、高さを失ってくる。年輩の方が背中が丸まるのも、背がやや低くなってしまうのも、椎間板の摩耗もしくは変性のせいだ。
 椎間板が低くなるとどうなるか? いろいろイカンことが起こってくるが、椎骨同士が、ヒトの動作にともなってぶつかり合うようになる。ぶつかった部分はへっこむか? さにあらず。「負けまい」として逆に出っ張ってくる。これを反応性骨増殖と呼び、出っ張った部分を骨棘(こつきょく)と呼ぶ。
 骨棘の何がいけないのか? 背骨の動きを阻害してしまうのは確かにいけない。が、それより厄介なのが、背骨の中を通っている神経の束(脊髄)を圧迫して、しびれ、痛み、運動障害(力が入らない、抜けない)などの神経症状を呈す点である。で、これが変形性脊椎症。背骨(脊椎)が骨棘によって変形してしまっているところから、こう呼ばれる。
 教材のメンテナンスに追われ、散歩もできず。夕食=鳥タルタルソース丼、サラダ。




2005年6月 5日 (日)

説明会

nemu 朝、池田山を20分ほど散歩。写真は『ねむの木の庭』。旧正田邸である。土地が国に物納された後、公園になった。公園に隣接するお宅の方々は得しましたねぇ。確か正田邸が取り壊される際には、町内会が反対しているということで話題になってましたが。
 快晴。2年生準本科の授業後、午後6時から学校説明会。参加者は10人ほど? この時期にしては多い。
Q「街を歩いていると、ここ数年で整体やカイロプラクティックなどの治療院が激増しているように思います。競争に生き残っていけるでしょうか?」
A「確かに供給(治療院)は増えています。が、それ以上に需要(患者さん)の方が増えているので大丈夫です。見ていると、ボク(大川)が開業した10年前に比べても、最近のウチ(学院)の卒業生たちの治療院はより早く軌道に乗っているようです。
 現在50代前半の方々はベビーブーマーと呼ばれ、非常に多くいらっしゃる。で、戦後育ちですから我慢が嫌い(失礼)なんです。いいモノでさえあれば、お金は出します、という方々です。その彼らがこれからさらに年をとり(また失礼)、皆さん方の患者さんになって下さいます。ここにいる皆さん(説明会参加者)方の目の黒いうちはこの傾向は加速こそすれ、止まることはありません。だから大丈夫です」
――――
Q「パンフレットには本科と準本科には差がない、と書かれていましたが本当に何の差もないのでしょうか?」
A「確かに卒業資格や卒業証書には全く差を設けていません。が、実際には本科生が週に9時間かけて行うものを、準本科では週に1日、5時間でやってしまうわけです。そこをどう解決しているかというと――
 まず、チャートという教材を使って、準本科生には1日1時間程度の自宅学習が要求されます。座学の勉強はこれが基本となり、通学時の授業は本科授業のダイジェスト版程度ということになります。
 その代わり、実技の授業は本科の内容とほぼ同一となります。し、か、し、ながら、です。それでもやっぱり授業と授業の間は1週間あくわけで、どうしても体が、手技を忘れてしまいがちです。だからここでも、準本科生には強い自主性を求めたいわけです。午前11時の授業前、午後5時の授業後などの時間帯に自主練習などを積極的に行うことが、義務ではないですが、非常に大切になってきます。
 というわけで、もちろんのことと言っていいと思いますが、他の条件が全く同じであれば、本科の方が何かと余裕のある勉強ができますので有利です。可能であるなら、やはり本科の受講をお奨めします。が、仕事などの都合でそれが無理であって、それでも大川学院で学びたい方であれば、是非、準本科を考えてみてください。
 準本科には、以上の状況をしっかり認識した上で入学した人が多く集まっていますので、ある意味で本科以上の緊張感があります。その結果とも言えるでしょう、準本科出身の人で、卒後、立派に開業している人だって大勢います」
――――
Q「人口が10万人くらいの街で開業を考えています。やっていけるでしょうか?」
A「全く問題ないと考えます。神奈川県の逗子という、人口約6万人の町に学院の直営店がありますが、十分過ぎるくらい盛業しています。
 人口が6万人を切る町というのは、恐らく過疎化が進みつつある地域にあるので、できれば避けた方がいいですねぇ。しかしそういうエリアって探してもあまりないでしょう、今の日本では。基本的には人間が住んでいる所であれば、大丈夫、腕さえあればやってゆけます(これが無いともちろん駄目ですが)」
――――
Q「大川さんと競合している他の学校は、たいてい、大阪校を初めとする分校を全国展開しています。分校を作る予定はありますか?」(大阪の方)
A「残念ながら今のところありません。何故か? もうこれはボク(大川)の私的な哲学もしくは趣味ですね。自分の名前を冠した学校です。カリキュラムや教材はもとより、自分を含めたインストラクターの教えっぷりから、椅子の並び方に至るまで、自分の目の届く範囲でやりたい。そうじゃなければやりたくない。ということです」
 夕食=カツ丼など。



2005年6月 6日 (月)

R2実技テスト

abcabc やや遅く、午前10:30頃出社。
 ネクタイ抜きのクールビズが流行りだそうである。やっと時代が追いついたか、との勝手な感慨ひとしおである。約15年前、サラリーマンを辞めてカイロプラクティックの世界に飛び込んだ理由にはいくつかある。拙著でも何だかんだといろいろ挙げているが、やっぱり一番大きかったのは、背広で過ごす夏の暑さ、だったなぁ。
 しかし世間がネクタイ一本外すのにモタモタしてるうちに、こっちだって進歩している。こんな写真お見せするのも、もちろん、何だか――とは思うが、まあいいではないか。クールというからにはこのぐらいはやらないと。こんな格好で出勤できるのも、自営業者ならではだ。さすがにこれで授業はやってませんが(やっちゃおうか?)。
K2Nsh0046 隣りのマンション駐車場のツバメの巣では、やっぱりもう雛が孵っていた。元気に親から餌をもらっている。
 1年生はR2手技の実技テスト。前にも書いたような気がするが、大川学院の実技テストは公開である。何故?
 理由その①=プレッシャーに耐える訓練であるということ。クラス中が見守る中で、憶えたことを順番通りにやって見せなきゃいけないわけで、そりゃ緊張する。でも実際の仕事でのプレッシャーは、この比ではない。だからそれにうち勝つための訓練だと思ってください。
P1010020 理由その②=勉強。誰かがやってる間違いというのは、たいてい、他の多くの人もやっているものです。だから人が受ける講評を聞くことは勉強になるはずです。前回までが勉強で今日はテスト、ではなくて、今日「も」勉強です。
 夕食=石焼きビビンパなど。



2005年6月 7日 (火)

ミリオンダラー・ベイビー

kkk ←週刊文春、今週号の映画批評欄が大変なことになっている。クリント・イーストウッド監督・主演の『ミリオンダラー・ベイビー』に5人の評者全員が五つ星の最高点をつけている。長年この雑誌を愛読しているが、同じ状況を以前に見た記憶はない。
 女の子がボクシングジムに通い始める。ジムのオーナーは女性を指導する気はない。彼女は仕方なく一人で練習に打ち込む。気の毒がったオーナーが指導をOKする。才能花開いて彼女は試合に勝ち続ける。と、あらすじだけ読むと、どうしておすぎさんが
「今生きている総ての人が見るべき」
とまで言うのか、皆目見当がつかない。もちろん何かのヒネリはあるはずなわけで、こりゃ見なきゃ、いつか。
 しかしクリント・イーストウッド! 『ダーティー・ハリー』とかでマグナム打ちまくっていたあの彼。およそ映画芸術などというコンセプトからは最も縁遠い所にいると誰もが見ていた彼が、アカデミー主要4部門を受賞するような、あれだけ世の人を感心・感動させるような作品を撮るようになったのか。だとしたら、偉いじゃないか。
 健やかに老いたいものであるが、もし可能なら、創造的にも老いたい。だがどうも世の中、見ていると、高齢にして健やかさと創造性とを両立させることは至難の技であるように思われる。
 ルソーなんてその格好の例だろう。創造的だが健やかではない。一方、社会的または肉体的、あるいはその両方において非常に健やかな方が、精神的には妙に非創造的、没個性的であることもよく見る。だからクリント・イーストウッドみたいの、いいじゃないっすか。
 さて、ここまで持ち上げちゃってるんだから、『ミリオンダラー・ベイビー』、本当に大丈夫なんだろうね。実は彼女が白血病で――という泣きのオチ、とかまさか、ない、よね? 記憶喪失もやめてね。
 夕方、昼間部と夜間部の間に夕食=鳥のタルタルソース丼、サラダ。少し昼寝。
P1000002 午後10時過ぎから50分ほど、島津山から品川プリンス・ホテルの裏まで辺りを散歩。夜の散歩って久しぶりだが、静かでよい。またこの辺りは面白いお宅も多く、楽しい。マウンテン・デューを歩き飲み。夜食にパイナップルの角切り。




2005年6月 8日 (水)

トリガーポイントとは何か?

 40分ほど、昨晩とほぼ同じルートで朝散歩の後、午前8時出勤。
 午前10時、S社のSさん、新ホームページの使い方の説明に来てくれる。アクセス解析というのを初めて見たが、便利なものだね。ホームページに何人のアクセスがあったか、うち初めての人は何人だったか、どのページが何回見られたかなど、そんなことが分かるんだねぇ、ってヒジョー感心してるワタシはもう原始人?
 1年生の授業。松浦さんの座学は『扁桃炎、アデノイド』。ボクの実技枠も、今日は講義のみ=トリガーポイント・セラピー(TPT)について。
 トリガーポイント(TP)とは不思議なものである。筋肉中にできた硬結(しこり)なのだが、どういうわけか体の他の部分に痛みを飛ばす。この飛ばされた痛みを「関連痛」と呼ぶ。関連痛域に入った筋肉がまた別のTPを持ち、それでまた別の関連痛が生じ――と、この一連の現象をTPのチェーン・リアクション(連鎖反応)と呼ぶ。
 チェーンリアクションを起こしたTPは、非常に多くの場合、患者さんの慢性痛の訴えの主要な原因となっている。これをボクらは虚血圧迫という独特の方法でリリース(解放)する。次回からはそういったテクニックの流れであるR1(ルーティーン1)の練習です。
 慰安的要素の多いR2と比べ、R1はより治療的要素が高まります。具体的には、広くコンタクトし(手をあて)てリズミカルに操作することの多いR2に比べ、R1手技のコンタクトはより狭く(母指頭によるものなど)、操作は静止押圧(じっと圧を加え続ける)が多くなります。
 スタッフの羽生さんの頑張りで、つつがなく5月分のペイロール(給与計算)完了。オンラインで支払いセット。
 夕方に鳥のタルタルソース丼、サラダの夕食。



2005年6月 9日 (木)

ペイシャント・エジュケーション

20050609 ←学院正門周りの植え込みの剪定。気持ちいいねぇ。
 午前中に珍しく軽く食事=ポロロッカのミニ鳥黒酢がけ弁当。牛乳を買いに寄ったついでに、あまりに美味そうだったので、買ってしまう。
 2年生の授業のメインテーマはペイシャント・エジュケーション(患者さん教育)である。
 カイロプラクティックは元々、予防医学として出発したものだ。まあ、そんなことは言っても、患者さんの大部分はギックリ腰とか肩こり、頭痛など、今そこにある痛みや辛さを取って欲しくて来院する。だから、そういった「痛み取り」も、サービスの一環としてもちろん、やらなくてはならない。でないと経営が成り立たない。
 が、それだけじゃカイロプラクティックの神髄を患者さんに享受していただくことにはならないんである。カイロプラクティックは、そう頻繁でなくともよいから、定期的、継続的に受療してこそ、その予防的メリットが発揮される。そのことについて患者さんに理解していただくこと。ペイシャント・エジュケーションとはズバリそういうことである。
 背骨のある部分が動かなくなってしまうとする。と、その部分の椎間板は干上がってしまう。何故か? 椎間板は血行が少なく、動くことによってしかガス交換、栄養交換ができないからである。
 が、いったんギックリ腰などをやってしまうと、痛みが消失するまでの数日から数週間の間にヒトは、その部分をあまり動かさないですむような動作や姿勢のクセを身につけてしまう。こうなると、その部分の椎間板は、栄養不足から、干上がるばかりになる。椎間板ヘルニアを含めて大部分の腰痛は、この椎間板の退行変性という現象が遠因となる。
 さらにはこの椎間板退行変性、なにもギックリ腰をやった人にのみ生じるわけではない。年をとってくると、生活上のちょっとしたキッカケから、始まってしまうことも多い。
 だ、か、ら。ボクらはその動かなくなった部分を触知することができ、そこに動きを与えることもできるわけですから、ある程度、定期的に来ていただければ、そういったことの予防に、お役に立てますよ、と、例えばこういうようなことですな。そんな理屈を、時には比喩を使い、時には整形外科の知見を引きながら、患者さんに説明することがペイシャント・エジュケーションです。
「比喩」といい「知見」といい、工夫すればほぼ無限にあり得る。が、じゃあボクが治療家としての現役時代には、どんな説明の仕方をしていたのか、というのが今日の話の中心である。面白そうでしょ?
 夕方、近所を散歩中に、とある鳥肉屋さんの軒先で売っていた鳥丼を買い、食べる。50円のサラダをおまけに付けてもらった。



2005年6月10日 (金)

怠惰なオフ

 思いっきり寝坊して午前10時起床。オフだからね。が、朝からしとしとと雨。散歩もままならぬ。明るいうちからちびちびビールでも飲みながら、何をするわけでもなく過ごす。



2005年6月11日 (土)

全てのギックリ腰がヘルニアにはあらず

 雨は降っていないのだが、いかにも梅雨という感じの、湿った一日。ボクは今までの人生で、まだ自分より汗をかく人間に出会ったことがない、というぐらいの汗っかきである。サウナに汗をかきに行く、とか言う人の気が知れぬ。この汗が速やかに乾いてくれない気持ち悪さ、辛さが分かるだろうか。
 niji-2日中、雨上がりというわけでもないのに、虹が出ている。そのぐらい湿気が多いということか。
 2年生の授業=椎間板ヘルニア以外の腰痛の原因について。椎間板ヘルニアについては知っている人も多かろう。椎骨(背骨の骨)を結ぶ軟骨である椎間板が、「つぶれて」「飛び出し」、近所の神経を圧迫するもの。キング・オヴ・ギックリ腰、腰痛の王様だ。が、これ以外でもギックリ腰は起こる、例えば――という話だ。シュモール結節、脊椎分離症、脊椎すべり症など、いろいろある。
 ドイツではギックリ腰のことを『魔女の一撃(Hexenschuss)』などと呼ぶそうである。ちょっとしたことで凄く痛くなってしまう様を「魔」と表現してるわけだろう。



2005年6月12日 (日)

バラしますが

 ギックリ腰になった。
 業界広しといえど、この手の告白を、こうあっさりできるカイロプラクターはボクぐらいのものだろう。が、みんなヤセ我慢して言わないだけで、実は職業病といってもよいぐらい多いのだ、これ。腰を屈曲(かがめた、あるいは丸めた)位で仕事することが多いわけだが、あれが一番悪い。分かってはいても、しかし、どうしてもやってしまう。
「虎穴に入らずんば虎児を得ず」か。「ミイラ取りがミイラになる」とも言うな。が、今回のボクの腰痛の発症は仕事中ではないのだ。
 2日前の金曜のことである。週に一度の休みだ。散歩にでも行って楽しくやろうと思っていたところが、雨。それやこれやでボクは朝からまあ、ちょっとイライラしていた。
 雑誌をペラペラめくっていると、話題の映画『ミリオンダラー・ベイビー』はハヤカワ文庫の原作もなかなか面白いとの記事あり。よし今日はこれでも読もうと思い立ち、雨の中、歩いて近所の本屋さんへ向かった。
 これが昼の、商店街が妙に忙しい時間帯にぶつかってしまう。しかも雨。あちこちで傘をぶつけられながら歩いているうちにイライラが亢進する。
 本屋さんに入ると、また目の前で店員さんが、本を積んだりなんかの仕事をしているのはいいのだが、このお兄さん、全く周りのお客のことを考えていない。客にぶつからないよう気をつけるのが仕事の一部だろうに、こっちの方が彼を避けなくてはならない始末。
 あー鬱陶しい、どいつもこいつもっ、と左足でグイッとを踏ん張って彼をかわした拍子に――来ました。あの怪しい感覚が、右腰に。
 もうミリオンダラーどころの話じゃなくなっちゃって、背骨が根本から崩れ落ちそうになるあの独特の感覚が刻一刻と増す中、青息吐息で家までたどり着く。後は何もできずに寝て過ごすのみ。何という素晴らしい休日。
 10日(金)の当ブログをご覧いただこう。妙に短く、表現も素っ気ない。実は苦しんでいたのだ、自虐ネタで憂さを晴らす余裕もないぐらいに。
 11日(土)の記述にも注目。ギックリ腰に苦しみながら、ギックリ腰について講義している! 何かの罰か、これは?
 で、しかし、面白いねぇ、これ。
 腰椎(腰の背骨)を屈曲し(曲げ)た状態で軸圧(タテの圧力)がかかる、というのがギックリ腰発症の王道である。例えば重い物を持ち上げた時、あるいはクシャミをした瞬間などである。ボクもそういう腰痛を何度もやってきたが、今回のようなパターン、つまり普通の背筋を伸ばした立位でギックリいったというのは初めてである。
 どう解釈すべきか? 答え(続き)は明日に。
 2年生の準本科の授業は定時5時に終わる。今日は学校説明会のない日なので直帰。
 夕食=カツカレーなど。



2005年6月13日 (月)

TMSとは何か?

 イライラしていた、というのがキーです。ボクのギックリ腰の話だ。
 TMS理論というものがある。アメリカのサーノという医師が提唱している、腰痛についての考え方である。詳しくは拙文を読んでください。要は「腰痛は怒りだ」、つまり人の強い感情、わけても怒りが腰痛を引き起こす、との主張である。
 全ての腰痛がそうである、とまではサーノ自身も言っていないし、ボクもそりゃそうでしょうと思う。が、イライラや怒りが腰痛の遠因であるのは、まず間違いのないところだろう。
 怒りに限らず、恐怖の感情や、一般的な精神的緊張などは、全身の交感神経を緊張させる。交感神経は筋肉を緊張させ、血管を収縮させる。
 血行がある程度以上悪くなると、それだけでその部分には痛みが生じる。これを虚血性疼痛という。「血が来ていない。あんまりこれが続くと組織が死ぬ可能性があるぞー」という、体からの危険信号だ。とにかく、こうして腰痛は生じるというのがサーノ説で、これを彼はTMS(Tension Myositis Syndrome)と呼ぶのだ。
 TMSはどう治療すればよいのか? これもサーノ式だと「私の話を聞けば治ります」ということになる。フロイトの精神分析と同じだ。病の原因を知ることによって、病が消える。
 うーん、やや専門的になるが、ボクはどうもそこの部分にだけは納得できないんだなぁ。上のことが正しいんだったら、ボクなんてその病因を既に知っていることになるから、ギックリ腰なんて来るやいなや、たちまちにして消失するはずである。そうなるか? ならない。
 交感神経には、繰り返すが、血管を収縮させると同時に、筋肉を収縮させる作用もある。多分、怒りは交感神経を緊張させる力が非常に強く、腰部の血管を収縮させるのみならず、同部の筋肉や椎間板などをも硬く、短くしてしまうのだろう。
 硬い物は脆(もろ)い。伸びる物は切れないが、伸びない物は切れてしまう。この状態にあるとほんのちょっとした力がかかっただけで、組織が切れてしまうのだろう。
 切れるといっても捻挫のような大がかりなものではない。顕微損傷という、恐らく肉眼では見えないぐらいの小さな損傷だ。と、こう考えれば、話を聞いただけでは治らない腰痛の存在も納得できる。これがボク式の、サーノ説の発展形である。
 しかしキたのが腰でよかった、と思うべきだろう。同様のことが脳や心臓にクれば脳卒中、心筋梗塞ででもあり得たわけだから。やっぱり人間、長生きしたけりゃ、怒っちゃいけない。のほほん、のほほんだ。また一つ、腰痛の神様から、いいこと勉強させていただいた。
 一年生の授業。松浦さんの基礎医学は肺、呼吸まわり=『肺胞とガス交換』『呼吸に関係する筋肉』。ボク(と小梨さん)の実技部分は、前回からR1手技に入っている。R1とはトリガーポイントセラピーの手技パッケージである。ついでに筋骨格系(筋肉と骨の)解剖学の講義も実技枠の中でやってしまう。
 筋骨格系の解剖学とは? 筋肉の起始(始まる場所)と停止(終わる場所)と作用(その筋肉が収縮したらどの関節がどういう動きをするか)を憶えまくることに他ならない。こういうものは、机上でではなく、実際にその筋肉を触りながら憶えるのが楽しく、よく分かり、記憶にも残るのだ。
 卒業生の丸山くん(丸山カイロプラクティックセンター)からEメール。
「学長の七転八倒読ませていただいてます」
 だ~か~らっ、七転八倒(もだえ苦しむ)じゃなくて七転八起(くじけず務める)だってば。
「インターンの募集を張り出していただきたくメールさせていただきました。やはり、一人では日平均、8人~10人が限界です」
 ということはそれ以上、患者さんがいらっしゃっているってことね。素晴らしい。
 午後9:30、夜間部終了直後、卒業生の野田くんが教室に顔を出す。中野駅の近くに野田カイロプラクティックセンターを開業して6ヶ月ほど。やはり既に忙しくなり始めたので、スタッフ募集の案内を教室に張り出させて欲しい、とのこと。それもめでたいねぇ。
 丸山くんをはじめ、どういうわけか学院関係者の多くがボクの食事のメニューに結構、注目してくれているらしい。だからというわけでもないが今日はちょっと彩りを加えてみた。午前中にホカ弁の鳥カラ・タルタルソースがけ丼。って、やっぱ同じじゃねーか! とは突っ込むなかれ、読者よ。今日はホカ弁なんですから、ポロロッカじゃなくて(つくづく、質素だ)。
 夕方、昼・夜間部間の中休みにフレッシュネス・バーガー(すぐ近所にある)を、久しぶりに、食べる。オニオンスープが、少ないけど、なかなか美味い。
 夜は夜でハンバーグ、ご飯などを食べる。というわけでボクにすれば極めて珍しい、一日三食の日であった。



2005年6月14日 (火)

ギックリ腰の治療とは?――まず安静なり

 やや遅め、午前10:30に出社。
 シカゴでナショナル・カイロプラクティック大に通っていた頃、お世話になったS先生の秘書の方からEメールをいただく。S先生は当地で開業し、非常に成功していらっしゃる医師である。今回、これがご縁でお会いできるとすれば、十一年ぶりとなる。
 2年生の講義は脊損に入る。脊損とは? 脊椎・脊髄損傷の略。以下のような勉強である。
 交通事故やスポーツなどによって背骨を骨折あるいは脱臼することは少なくない。そんな場合、まず問題になるのが、背骨の中を通っている脊髄(神経の束)が無事かどうか、である。
 神経細胞は、皮膚や骨と違って、再生するということがない。よって、いったん受けてしまった損傷は不可逆(元に戻らない)である。この事情から、脊「椎」(骨)損傷は、脊「髄」(神経)への影響の大きい小さいに応じて分類される。
 実技枠では、学生同士、組になっての治療のシミュレーションが続いている。まだ? と言うなかれ。いったんプロになればこれを一生続けてゆくのだ。いくらやってもやり過ぎということは決してない。
 できた、分かった、と思ったとしても、こういうものは、決してそれで終わりということはないのだ。相手が違えば勝手はまるで違うし、同じ相手の体だって、日によってまた違うのだ。
――――
 昼・夜間部の間の中休みでのこと。地下1階の学院事務局にはビデオ学習用のブースが隣接していて、講義の復習や予習に励む学生で、なかなか賑やかである。よいことだ。
 と、学生のAくんが、事務局内で黙々とPCに向かうボクに
「あのー、よろしいですか? 授業とは関係ないことなんですけど――」
 うん! いいよ、いいよ。人生いろいろあるだろう。小所帯でやっている学校でもある。何かボクの人生経験が君の役に立つなら、存外の幸せというものだ。何?
「ここら辺にドコモ・ショップってありますかねぇ?」
――――
 久々にギックリ腰に見舞われ、人間修行の甘さを文字通り痛感させられるハメとなった大川であるが、さて、これをどう治療したか? 興味ある方も、いないではないだろう。以下にかいつまんで記す。
 まずはコルセットなどによる固定が必要だ。病院で処方してもらうようなコルセットよりも、スポーツ品店で売っているようなものの方が、ファッショナブルでもあるし、むしろよい。スポーツクラブなどではウエストベルトと呼ばれるが、よく使われている有名なメーカーとしてはValeoやShiekがある。今回ボクは直営店で使っているValeoのものを奪取して使った。
 顕微損傷を起こしている組織は何なのか? 筋肉か、靱帯(骨同士を結ぶヒモ)か、椎間板か?
 ボクは常々、椎間板説を採っている。理由は? 残念ですが、専門的になりすぎるので、今は割愛します。椎間板とは椎骨(背骨の骨)同士を結び付けている軟骨組織だ。
 とにかくそれが切れかかっているわけだから、やってしまってしばらく、まあ一両日ぐらいは、安静が第一である。寝続けていることが可能なら、それに越したことはない。今回、発症したのがオフ日だったから、その日一日寝ていられたのはラッキーであった。
 が、上体を起こさなくてはならない状況だってあるだろう。そんな時には無理をせず、ウエストベルトに頼ってしまうのが得策である。
 が、ただ安静に、あるいは固定してしまっていればそれでいいのか? そうでもない、というのが難しいところである。続きはまたまた明日に。
 夕食=カツ丼、サラダなど。



2005年6月15日 (水)

ギックリ腰――安静・固定の悪い点

 朝からの雨中、品川から学院まで今日も歩いて出勤。ギックリ腰はほぼ完治。
 学院2年生のNさんからEメール。
「『ミリオンダラー・ベイビー』は映画はもちろん、本もまだ読まれていないんですよね」
「私は先週観る機会があって、実は今日の脊髄損傷の授業がとっても関係があったのです。(質問したい部分もあったのですが…)」
 ふむふむ、どうやらそんなようなことらしいですな、あの映画。しかし何事も、そういうふうに身近な物事に結びつけて考えると、勉強は楽しい。楽しけりゃ身にもつきます。コツだと思います、勉強の。また、ボクらの勉強というのは本質的にそういうこと、やりやすい分野です。
 S先生からも、今度は彼から直の、Eメール。
「シカゴにいた時に僕に東京でカイロの専門学院を設立するとよくいってましたけど」
 あの頃、自分がそんな事を言っていたということについては、全く記憶がない。できるだろうとも思っていなかったし。が、そういうことが「できればいいな」という意識だけは、実はこの世界に入る前から既にあったのだ。
 1年生の授業。松浦さんの座学は喘息について。
 ボクの実技は、腓腹筋、ヒラメ筋(いずれも「ふくらはぎ」の筋肉)についての講義に続いて、これらの筋肉の触診と押圧の仕方。前回が分量が多かったですから、今日はちょっと控えめに。
――――
 ギックリ腰の治療について。初期には安静と固定が一番だが、それだけでもいけないのだ、という話の続き。
 あんまりガッチリと腰部を止めたままだと、付近の筋肉が硬直し、トリガーポイントを持つことになる。トリガーポイントは関連痛と呼ばれる新たな痛みを自ら発する。結果、固め過ぎると腰痛はむしろ増し、その範囲も広がることに、非常にしばしば、相成る。
 固定し過ぎることのもう一つの悪い点は、それによって椎間板が酸素不足、栄養不足に陥ることである。何故? それは椎間板が白い組織だから。白い組織とは? 血管があまり通っていない組織である。
 どんな組織でも酸素と栄養をもらわないことには死んでしまう。では血管が通っていない白い組織は何によって酸素、栄養を自らに引き入れるのか? 動きによって、である。
 押しつぶされたり、引き延ばされたり、という動きによってスポンジ効果が働き、椎間板のような白い組織は初めて、周囲から酸素と栄養素をもらうことができるのだ。これをインビビションと呼ぶ。
 ちょっと専門的過ぎるだろうか? そうでもないでしょう。血行いや結構分かりやすいって、あちこちで言っていただけるんですけど、ボクのトーク。
 椎間板の傷口をくっつけるにも、もちろん、酸素と栄養が必要だ。さあ難しいこととなった。動かしすぎると傷口が広がる、動かさな過ぎると傷口がくっついてこない。
 ここはひとつ「傷が開かないように動かす」しかない。どうやって? またまたのまた、明日にしようか。
――――
 夕方、近所のお惣菜屋さんでアジフライとコロッケを2個ずつ買って食べる。
「お箸は一膳、二膳?」と、お総菜屋のおばあちゃん。
「あ、一膳で」
「いいの? 誰かと一緒に食べるんじゃないかと思って、ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ。ウチのコロッケは、あたしがお芋からつぶして作るから美味しいの、ひゃっ、ひゃっ」
 お箸、結局、入っていなかったので、手で食べる。
 夕食=牛丼など。



2005年6月16日 (木)

ギックリ腰の動かし方

 ギックリ腰日記。初期には安静、固定が大切だが、それだけでは腰が固まるばかり。だから動かさなくてはならない、という今日の話で最終回としよう。
 それにはドルフィン運動がよい。腰椎(腰骨)の伸展(反らす)、屈曲(丸める)を交互に繰り返すのだ。さあ皆さんご一緒に! 骨盤を後傾(後ろに傾ける)すると腰は屈曲、前傾(前に立てかけるように)すると腰は伸展する。
 腰が固まり、痛みが増幅しやすいのは、なんといってもギクッとやってしまった日の夜間だ。寝て、体が止まっている間に、昨日述べたような仕組みで腰痛は進行し、朝には起き上がれなくなっている――というのが非常に多い。だからギックリ腰もボクぐらいのベテランになると、夜対策に怠りがない。
 何をするのか? まず熟睡してしまわないよう、部屋の明かりを少しだけ点けておく。で、1時間ごとぐらいに起きては、あおむけのまま、あるいは横向きになり、イルカと化すのだ。
 金曜の夜はこれをやりながら『クレヨンしんちゃん』のオープニング・テーマ「おしりフリフリ魅力的~、ふればみんなでシ、ア、ワ、セ」が頭の中をリフレインし、夜明け頃、総じて浅い眠りから醒める頃までにはほとんど、イルカじゃなくて、のはらしんのすけになってしまっていた。
 ドルフィン体操を四つん這いの状態でやるのをキャット・エクササイズという。猫の伸びに似ているからだ。日中はこれを頻繁にやる。
 が、ドルフィンを立位でやってはいけない。いうまでもなく立位では腰に上半身の重みがかかるから、顕微損傷が拡大してしまうリスクがある。できればまだ、急性期には、立つ時はウエストベルトをしていた方がよい。
 と、このような具合で守り(臥位で安静、ウエストベルトで固定)と攻め(体操)とのバランスを取る。そしてそれと平行し、腕のいいカイロプラクターに治療してもらう。
 何をしてもらうか? 基本は同じだ。固まろうとする筋肉をリリースして(ほぐして)もらうのだ。椎間板の傷が癒えてきたら、背骨も動かしてもらう。すると傷の治りが速くなる。
 以上、いわゆるプロの技、でした。
 何? カイロプラクティックって、腰痛ぐらいバキッと一発で治しちゃう不思議な技だと思っていた? そういうものではないんです。もっともっと地味で、当たり前の理屈に立脚していて、しかしそれだけにこそ信頼性の高いものですよ、カイロプラクティックとは。
――――
 また朝から雨。明日は、曇るながらも、降りはしないという予報だが。
 2年生の授業。ボクの脊損(脊椎損傷)の話はまだ続き、今日はムチウチ症まで。車で追突されて首を痛くする、あれだ。骨折も脱臼も無く、それでも患者さんが痛がるもの、と定義される。頚部の軟部組織の捻挫状態と考えられている。



2005年6月17日 (金)

オフ

 最近近所にできた公園内をブラブラ。その近所に養鶏所があり、産みたて卵の直売をやってる。買い込んだ卵は、後で、をオムレツにして食べた。
jjjjjj 湘南国際村をブラブラ。神奈川県横須賀市にある、企業の研修施設群である。個人用の住宅が集まる一角もあって、主にそこを歩く。
フランクリン自伝』を読み終わる。アメリカの百ドル紙幣に肖像が描かれている、あのベンジャミン・フランクリンである。同書の解説にもある通り、建国前後のアメリカ合衆国を知る資料としては確かに一級だろう。
――――
 昨日言い忘れたが、2年生の授業では、昨日から後半の一部に、松浦さんの臨床ワンポイント的な講義が始まっている。昨日のテーマは「姿勢分析」。
 彼女も米日で長らく臨床をやってきた。ボクの流儀とは違う部分も少なくないが、そりゃ当たり前というものである。一家言持っていることがプロの条件なのだから、プロが二人集まりゃ二通りの見識、スタイルがある方が普通だ。
 それを踏まえた上で言えば、引き出しは多い方がいい。趣味に応じて、自分の治療に何を採用するかは、教育を受ける側の人間の自由である。皆さん、卒業までに、いいこといっぱい学んで下さい。



2005年6月18日 (土)

フランクリンvsルソー

leave_the_nest 学院1年生OさんからのEメールによると、隣のマンション駐車場のツバメはもう巣立ったらしい。早い! 確かツバメって、一夏に何度も雛を産み育てるんだよね。
 2年生の講義。脊損をやっと終わり、主に脊椎靱帯骨化症について述べる。昼・夜間部合わせてほぼ6時間、しゃべり続ける。
――――
 B・フランクリンJ・J・ルソーはほぼ同年代で、5~6歳しか離れていない。生い立ちも似ている。ともにいわゆる庶民の出で、正規の学校教育は一切受けず、独学で歴史に名を残すような文章を書く域に達している(フランクリンはアメリカ合衆国憲法の起草者の一人)。
 が、彼らの晩年には大きな隔たりがある。ほぼ全ヨーロッパから締め出しを食い、苦悶のうちに寂しく亡くなったルソーは今でこそ偉人だが、フランクリンは生前から、しかも随分と長らく、地域でも、国レベルでも、またそれを越えて全ヨーロッパ的にも名の知れた名士だったのだ。
 フランクリンは実業家、兼政治家、兼科学者である。議論に勝っても、その代償として相手の好意を失ってしまっては何にもならない、というようなことを自著中で折に触れて強調する。こんなことルソーなら絶対に言わないだろう。論理こそ全て、だ。
 じゃあフランクリンという人は、理屈もへったくれもなく、人の和を保つことに汲々としていたただの社交家だったかというと、これが全然そうではない。よく知られるように、雷が電気であることを実験によって初めて明らかにしたのは彼だ。しかもこれは発表当時、専門の研究者たちからすんなりと認められた説ではない。自分の信じる論理構成は決して曲げない人だったのだ。
 実はフランクリンの「議論に勝つばかりが能じゃない」説は、プルタルコスの『饒舌について』中で繰り返し語られるテーマだ。面白いのは、プルタルコスはフランクリンとルソーの共通の愛読書であったこと。同じプルタルコスでもルソーが好むのは『敵から利益を得るには』(岩波文庫『饒舌について』中にあるが絶版中)なんていう、ややシニカルな文章だったりする(『孤独な散歩者の夢想』)。人間、持って生まれた性分の命じることしかできぬ、とうことか、やっぱり。



2005年6月19日 (日)

ダー

2005_06_19_keitai_001 品川プリンスの足下のオープンテラス。いつもの通勤道から30秒ほど逸れた所なのだが、初めて踏み込む。午前9:15出社。
 通勤道である品川から東五反田にかけてのエリアには、非英米系白色外国人の方々が多くお住まい、のよう、である。お喋りに「ダー、ダー」が混じるのはロシアの人だろう。そういえば駐日ロシア通商代表部が近所にある。アントニオ猪木さんがロシアで試合をする(確か実際にあったような気がするが)と、「ダーッ」は、あっちの人たちにはさながら「イエーイッ」に聞こえるのだろうか? 
 2年生準本科の授業。4時から5時までは、本科どおり、松浦さんのスペシャル講義が入る。
2005_06_20_caplio_006 写真は準本科の授業を行うりらっくすステーション待合室に並ぶ、学院直営治療院のリーフレット一式。こうしてお互い紹介しあうことが、患者さんの安心感にもつながり、長い目で見ればそれぞれの院の売上にもつながる。
 リーフレットとは小型のパンフレット。こういうものは小さい方が家庭で保管していただきやすいのだ。デザインからしてバラバラなのに注目。何につけても院ごとの個性は最大限、重視されるのが方針である。
 授業見学の方、一人。1年生の授業を見ていただく。
 学校説明会が午後6時から。いつものように治療のデモンストレーションを、参加者の体をお借りして、お見せする。以下に参加者との一問一答。
Q「御著書の中で、カイロプラクターは物品販売を行うべきではないと書いておられます。御校の卒業生は物品販売をすることが一切、禁じられているのでしょうか? 物によっては患者さんが喜ぶこともあると思うのですが」
A「卒業生が自分で開業する場合、法に触れない限り、何をやろうと自由です。ですから大川学院として、卒業生に物品販売を禁止するというようなことはありません。これは直営店についても同じことです。
 実際、例えば腰痛患者さんのためのウエストベルトなど、どのみち患者さんが自分で買いに行かなくてはならないようなものを、治療院において原価でお分けする、というようなことは患者さんのためになることです。そういう物販ならいいことだと思いますし、それをやっている卒業生も少なからずいると思います。
 が、物販がメインになってしまい、治療がそのダシに使われるような事態は、何より患者さんのためになりません。ボクらの職業の社会的意義を根底から否定するものでもあります。だからボクとしては、そういうことを、折に触れて学生に訴えるわけです。が、繰り返しますが、卒業してしまえば何を売るのも売らないのも、当人の判断次第ということになります」
――――
Q「準本科への入学を考えています。日曜にしか時間が取れない身ですが、インターンはどのようにこなせばいいのでしょう?」
A「直営店には日曜にオープンしているところがたくさんあります。日曜に授業を受けに通っておいでになるその時間で、インターン研修を受けることができます」
――――
Q「カイロプラクティックの治療は、通常、どのぐらいの時間をかけるものでしょう?」
A「ケースバイケースですが、一般的には初回が60分、次回以降が45分ほどというのが一つの標準でしょう」
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Q「訪問治療に興味があるのですが、そういうことも卒後、できますか?」
A「もちろん可能です。治療家としての力さえつけてしまえば、場所を借りて開業するのも、訪問治療をやるのも本人次第です。
 が、ちなみにということで、経営的な面についてアドバイスさせていただくとすれば、訪問による治療というのはあまり良い方法ではありません。移動に時間がかかりますが、移動時間に対しては、患者さんに料金を請求しにくいからです」
――――
 夕食=グルメミートワールドで買った豚の頬肉など。



2005年6月20日 (月)

まためでたし

2005_06_20_caplio_019 よい天気。気持ちよく通勤。写真は品川プリンスホテル(駅から見て)裏の、味の素の研修センター。水の流れる音が中から常に聞こえている。塀の向こうに噴水か人工の滝でもあるのか?
 1年生の実技の授業は殿部の筋肉の解剖学に引き続き、ハムストリングおよび中殿筋の押圧の練習。
 ハムストリングとは大腿(もも)の後ろの筋群。体の固い人が前屈すると、ももの裏が痛むが、あれである。
 中殿筋はお尻の丸みを作る筋肉の一つ。腰と股関節の安定に非常に重要な役割を果たす。そういう筋肉に限って、トラブルを起こしやすいもので、腰痛の治療にあたっては常にケアしなくてはならないターゲットである。
 昼間部授業終了直後、午後4:30、広告代理店R社のKさん、Sさん、打ち合わせに来校。早くも秋口の広告宣伝について。
 図書館にリクエストしていた佐藤優『国家の罠』は、ネットで問い合わせると、予約順位が33。一人3週間まで借りれるから、下手するとボクにまで回ってくるのに2年かかる。しかたなく買う。
 午後9:30、夜間部授業終了直後、2年生のYくんが教室に訪ねてくる。彼は、ボクが古くからおつき合いのある山口先生の青山一丁目カイロプラクティック院で、この一年ほどスタッフとして修行してきた。そろそろ自分の力を試したいということで、このほど同院を退職、市ヶ谷に独立開業の運びとなった。まためでたい。
 で今日はその「ご挨拶」だそうである。別にいいのに、電話かEメールで。ホームページ作ったらURL教えてね。学院ホームページからリンクするから。
 夕食=白身魚の中華あんかけ、御飯など。



2005年6月21日 (火)

告白だらけ

 2年生の授業=腰痛の診断法。えっ、まだ腰痛やってるの? やってるやってる~。今までの知識の復習とまとめ&さまざまな整形外科学的テストの練習だ。
 夕方、五反田図書館へ。モムゼン『ローマの歴史』、クセノフォン『ソクラテスの思い出』、アウグスティヌス『告白』(中央公論社・世界の名著14)を借りる。
 散歩はハーフパンツで楽に歩きたいものだが、夜間部が始まるまでに時間があまりなく、長いジーパンのまま出かける。また汗みずくになる。それでも結構な気晴らしにはなるものだ。
 今日返したルソーの『エミール』は、件(くだん)の「サヴォア人司祭の信仰告白」だけ読んだ(全部は、とてもじゃないけど、ボクには無理だ)。パリ大学から断罪を受け、晩年、ルソーが逃亡生活を余儀なくされる原因となった一文である。
――――
 ギックリ腰告白が好評を博したようで、面識のない方々からEメールでご質問をいただいた。
Q「今回はマッケンジー式の腕立て体操はやらなかったのですか?」
 この方はプロである。マッケンジーセラピーについての拙著を勉強していらっしゃる、という。
A「最近は、腕立て体操に代え、四つ足のキャットエクササイズから股関節を伸展させ、腰をフロアに落とすような動きをやっています。やっていることは、腰椎にとっては、腕立て体操と全く同じです。が、腕力が要らない分、こちらの方が楽です」
 分からないでしょう、大部分の読者は? そのうち説明します。2年生の授業でマッケンジー・セラピーを扱うスケジュールがもうすぐですから。
 夕食=カツ丼など。



2005年6月22日 (水)

治療家のリフレッシュメント

 Eメールでいただいた、また別のご質問。
Q「たくさん施術などしていると、患者さんからの負のエネルギーのようなものを受けたりして、ぐったりと疲れてしまうことなどありませんか?」
 ありがちです。「負のエネルギー」と表現しちゃうと、ちょっと違いますが。ボクらの仕事は常に、患者さん一人一人にオーダーメイドです。簡単に言えば、とっても「気をつかう」ということですね。
Q「治療家の方々の健康管理法(リフレッシュ方法)などにも興味があります」
 リフレッシュ法は大切です。患者さんはそもそも元気になりたくて治療院にいらっしゃるわけです。疲れた顔をした治療家なんて願い下げというものです。人を元気にしたければ、まず自分が元気でなくてはならない。笑う門には福来たるです。
 だから治療家は、自らのリフレッシュ法には「仕事として」、真剣に取り組まなくてはなりません。ボクの場合は散歩ですね。散歩というと四季折々の植物、動物を観察し、愛でながら――という人が多いのでしょうが、ボクはむしろ店や家を眺めながら歩くのが好きです。
 この家はお金はかかってそうだが、ちょっと隣との間が詰まりすぎ、ボクなら――。こんな所でこういう商売やると、ほおっ、いけるんだねぇ。あ、あっちはツブれた、ボクなら――。などといったことを考えながらブラブラするのが実によい頭と体のストレッチになります。
Q「腰痛はカイロプラクターの職業病であるようなことが書かれておりましたが、腰痛防止法とかがあるのでしょうか」
 それは背筋を伸ばす、より専門的な表現なら、腰椎の伸展位を維持する、ことに尽きますね。何故そういえるか? これについてもすぐ、マッケンジーセラピーの中で説明させていただけると思います。
――――
 1年生の授業。殿部の筋肉の触診、押圧法。
 白金台カイロプラクティックの宮川くんがまた来て、自由練習に汗を流す1年生の間をブラついている。来年から第2号治療院を出す予定だそうで、今日はいよいよ、本腰入れてのリクルーティングだそうである。
2005_06_23_caplio_004 夜間部終了後、ちょっと夜散歩。写真は学院近所のシーメンス・ビル前の広場。
 夕食=鳥とカシューナッツの炒め物(中華)など。




2005年6月23日 (木)

マッケンジー・セラピー

「こんにちは~」(2年生Hさん)
「元気っすか?」(ボク)
「最高潮です」(Hさん)
 絶好調――では?
 2年生の授業はマッケンジー・セラピーに入る。ニュージーランドの理学療法士ロビン・マッケンジーによって開発された腰痛治療の体系である。
 従来、腰痛の予防および治療には、腰椎(腰の背骨)の屈曲(丸めること)が好影響を持つと考えられてきた。これをウィリアムス理論という。ウィリアムス理論は過去数十年に渡って腰痛治療・予防方面の基本的考え方であってきた。
 マッケンジー理論はこれと真っ向からケンカしてしまう。理屈的には全く逆、つまり腰椎の伸展(反らすこと)こそが腰痛を予防し、腰痛からの回復を早めるという考え方である。
 そのココロは? うーん、やっぱり難しいねぇ、ここでそこまで説明するのは。大川学院に入って下さい、気になるなら。背筋を伸ばして生きていると、いいことがあるってことには、道徳的な意味合いとは別に、生理学的な根拠もあるんです、と、さしあたっては言っておこう。
 大川学院の新ホームページの求人欄経由で、現在アメリカのカイロプラクティック大に通う方から問い合わせあり。



2005年6月24日 (金)

暑いオフ

 佐藤優『国家の罠』を読みふけってしまい、昨晩は午前2時過ぎの就寝。今朝はそのせいで寝坊。午前9時起床。
 1年生は今日、中間テストである。みなさん、頑張って。
 散髪。
 この夏初めて30℃を越える暑さ。逗子湾が、関東では最も早く、海開き。
 昼食=豚の角煮ご飯など。昼からビール飲みっぱなしの一日となってしまう。



2005年6月25日 (土)

マッケンジーセラピーの続き

 東急ハンズに用があって、通勤途中、横浜に寄る。午前10時の開店の10分ほど前に着いてしまい、近くをブラブラ歩く。
 妙にゲーセンが多い、雑多な界隈だ。醤油ラーメンの店と豚骨ラーメンの店、ヨドバシカメラとビックカメラが並んでいる。熾烈だ。
 脱毛のお店と発毛のお店も並んでいるが、こっちは競合しないからいいのか。豊かな国だ、本邦は。
 暑い。午前中から30℃を超える。意識朦朧となりながら出勤。
 2年生の授業はマッケンジー・セラピーの続き。ボクらは屈曲ライフスタイルを送っている、というような話。以下のようなことである。
 靴でもズボンでも、それを履くにしても脱ぐにしても、腰椎は屈曲する。またボクらは一般的に、立っているより座っている時間の方が長い。座っている時には、普通、背筋の力を抜くから、やっぱり腰椎は屈曲する。
 かような屈曲に次ぐ屈曲のおかげでボクらの背骨は、歳をとるごとに、丸まってくる。腰痛も、それに比例して、やりやすくなる。
 夕食=カツカレーなど。



2005年6月26日 (日)

PRIDE

 午前9:30出勤。今日も暑くなる予報。なるべく外に出ないで生きる決意を胸に仕事開始。
 1年生の準本科は中間テスト。準本科の大変なところは、スケジュールがタイトなものだから、テストの後にまた授業があること。本科の場合、テストの日はテストだけで帰れる。
RIMG0014 主にボクが担当の2年生の準本科。腰痛の診断法およびマッケンジー・セラピー。久しぶりにギックリ腰をやった直後でもあり、講義に力が入る。午後4時からの松浦さんの授業(写真)はトリガーポイントの臨床のコツ。
 学校説明会がないので直帰。いったん寝、遅くに起き出し、午後11時からテレビでPRIDEを観る。説明する必要もないぐらい最近では浸透した、格闘技のイベントである。
 あれは、しかし、大丈夫なのか、選手達は? 女の人のお客さんとか、しかもリングサイド近くに、ちらほら見えるが、分かって観ているのか? 楽しんでるのか、あの人たちは? 分からん。
 今日の東京、観測史上最も早くアブラゼミが鳴いた、らしい。



2005年6月27日 (月)

品川から学院へ歩こう

 午前10時少し過ぎ出勤。妙に肩も気分も軽い。昨晩の夕寝が効いたか?
 松浦さんの、中間テスト後の最初の座学講義は『心臓』。ボクの実技はR1の続き=殿部の筋の押圧の続き。カエル脚と呼ばれる独特なテクニックと、ここまでの復習。
 卒業生の野田くん(野田カイロプラクティックセンター)がやって来て、昼間部の授業開始前にちょっとスピーチ。スタッフ募集の件で。暑いのにご苦労さまである。
 教室には「スタッフ求む」のコルクボードがあって、卒業生の治療院、それ以外の治療院からの求人票を、常時、掲示してある。が、本当にいい人材を、しかも早く集めたかったら、紙を貼りだしておくだけじゃなく、院長本人が学生の前に顔を出し、声を聞かせるのが一番だ。
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 品川から大川学院まで最短距離で歩く道順について、学生からよく質問を受ける。健康のため、交通費節約のため、歩くのはいいことだ。
 いわゆるソニー通り沿いに歩くのは、分かりやすいのだが、非常な遠回りで、これだと30分以上かかってしまうだろう。最短距離ならボクの脚で20分弱だ。が、これが地図によっては載っていないぐらい狭く、分かりにくい路地を使わなくてはならない。写真を上から順にご覧いただこう。
tizutizu 写真①:品川駅西口を出たところ。「Wing」の下をくぐる。
 写真②:ここを右に入る。
 写真③:ゆるやかな坂を上る。左手がプリンス・シネマ(映画館)、アクアスタジオ(水族館)でございます。
 写真④:インドア・テニスコートの右の道を進む。木陰である。100mほどでT字路に突き当たるので、ここを左折。
 写真⑤:その後はこの道をしばらくまっすぐ歩く。右手にユニセフのビル。
 写真⑥:この紫のような、向かって左が角になっている、誰も住んでいない家のすぐ向こう側(写真だと宅急便の車のすぐ手前)を右に折れる。これが決め手です。この右折をし損なうと迷います。
 写真⑦:直進すると、右手でマンションの工事をやっている所に出る。狭い道に大型車が入り込んでいて歩きづらかったりするが、それでもさらにまっすぐ進む。
 写真⑧:と、こんなような急勾配の下り道(階段付き)に出る。これを降りる。
 写真⑨⑩:シーメンスビル前の広場を突っ切ると、そろそろ学院。
 夕食=鳥の唐揚げチリソースがけ、など。



2005年6月28日 (火)

私はコイになりたい

2005_06_29_caplio_003_2 午前10:15出勤。笑ってしまうぐらい暑い。鯉は涼しそうだ。
 林真須美さんに、1審に続いて2審も死刑判決。殺人罪。即日控訴。
 萩原健一さんに懲役1年半、執行猶予3年。恐喝罪。控訴せず。
 2年生の授業は、マッケンジー・セラピーの最終回。腰痛治療から頚部痛治療への応用、など。
 夕方にちょっとおにぎりとサンドイッチをつまむ。
 トム・ウルフ『成り上がり者』の上巻を読んでいる。ウルフはアメリカの作家。映画『ザ・ライト・スタッフ』の原作者でもある。
2005_06_29_caplio_001 やっぱり関東、6月の観測史上最高気温を更新してしまったらしい。それでも夜はそれなりに涼しい。
 夕食=サンマ焼きなど。




2005年6月29日 (水)

全員集合!

mori 雨気味の朝。おかげで、湿度は高いが、随分と涼しい。久しぶりに高輪プリンスホテル側から歩いて出勤。
 TMSジャパンの長谷川先生より何年かぶりに、Eメールで、ご連絡をいただく。TMSについては以前、このブログでも紹介した。患者さんのメンタル面を重視する腰痛治療のシステムである。長谷川先生は本邦におけるこの方面の第一人者といってよいだろう。
――――
 ジャパン――。あらぬ方向への連想で長谷川先生には申し訳ないが、26日の日曜日、元 X Japan のYoshikiという人の、アメリカでのいわゆるゴージャスな生活を描いたテレビ番組を見た。同グループメンバーだったHideさんのことを彼が、よく語っていた。
 Hideって、てっきり自殺だと思っていたが、調べてみるとどうやら事故死だったらしい。肩こりがひどく、タオルを首にかけて引っ張る牽引をやっていた。で、ある日、泥酔してこれをやり、そのまま眠ってしまった(!)という説が、最近では定着しているとのこと。1998年、享年33。
 この人もお酒か――。
 作家の中島らもさんも、2004年、泥酔状態で飲食店を出た際、階段で転んで脳挫傷で亡くなった。脳挫傷とは、頭を強く打つなどして、脳が物理的に壊れてしまうこと。享年52。
 ミュージシャンの尾崎豊さんは、1992年、肺水腫で亡くなった。これも泥酔して民家の庭で発見された直後のこと。享年26。
 肺水腫というのは、肺に水がたまって、呼吸困難になるもの。何故、肺に水が貯まるのか? 肺内の血管の壁から血漿(血液中の水分)が肺胞(空気を入れる小さな袋)に流れ込んでくるからである。
 でも何故「流れ込んでくる」のか? いろいろな原因がある。彼の場合は、まず違法薬物のせいで、肺内の血管の壁がもろくなっていたらしい。そこで、飲み過ぎて血圧が上がり、血漿が肺胞内に押し出された、と思われる。
 生前に親交があったとは全く聞かないが、三者の芸風は近い。これも「その」傾向の共通性ゆえか?
 今頃あっちで意気投合しちゃって、三人でまた思いっきり飲んで盛り上がっているかもしれぬ。『ゲゲゲの鬼太郎ロックンロール』とか歌ってたらどうしよう。
「お化けは死な~ない~、病気もなんにもないっ」
だから今度こそ死ぬほど飲むぞ、とか。
「なんだバカヤロー、俺も混ぜろ」と荒井注さんが割り込んできたら、それこそどうするのか? さあ長さんも御一緒に
「えんやーこーらやっ、どっこいチャンチャンこーらやっ」
 楽しそうだ――いや、いかんいかん、駄目ですよ、駄目。身を滅ぼすほどにやってはなりません、お酒は。
――――
 1年生の授業は腰方形筋の解剖学と、その触診・押圧法。
 夕食=マグロの中トロなど。



2005年6月30日 (木)

自己免疫疾患とは何か?

 また朝から雨。品川から学院まで歩く頃には、小雨となる。ちょうど10時頃に出勤。
 2年生の授業は、まずリウマチ性脊椎炎。関節リウマチが脊椎(背骨)に及ぶものである。
 関節リウマチとは原因不明の病気で、30代以降の女性に多い(男性の約5倍)。成人人口の1~2%(多い!)が、これにかかっているといわれる。あちこちの関節が破壊され、変形し、多大な痛みをともなう。何年もかけてゆっくり進行し、全身の関節が冒されて寝たきりになる患者さんも少なくない。
 なぜ関節が破壊されるのか、が分かっていないのだが、何らかの自己免疫疾患であろうと考えられている。自己免疫疾患とは?
 人の体の免疫システムのお仕事とは、体内に入ってきた異物を排除することである。これが狂ってしまって、自分で自分の体の一部を排除してしまう状況が自己免疫疾患である。
 例えばアトピー性皮膚炎は自己免疫疾患だ。自分で自分の汗を異物と見なしてしまっているのだ。
 何故? 多くの場合、未だ分かっていない。
2005_06_30_caplio_003 松浦さんの2年生向け臨床講座は、“使える”トリガーポイントの2回目。
 夕食=久しぶりにポロロッカの鳥タルタルソースがけ丼、サラダ、うなキモなど。