2005年8月 1日 (月)

大きいことはいいことだvsスモール・イズ・ビューティフル

 久しぶりに早く午前6時台に電車に乗ってみるが、それでもほぼ満員の状態。みなさん、お早いんですねぇ。
 通勤電車の混雑もままならないが、それ以外にもままならないことは多い世の中である。三菱自工が、役員クラスの元社員に退職金の返還請求をするのだそうである。リコール隠しを長年に渡って続けたからっていうのだが――。
 カネボウの元社長さんを含む方々も、先日、逮捕されてしまった。いろいろ工夫して会社の業績を実態以上に「良く」見せたのがその容疑なのだが――。
 自民党の永岡洋治衆院議員が亡くなった。自殺。原因は不明。が、郵政民営化法案に賛成票を投じたことで、同案反対者の多い所属派閥内で批判を浴びていた、という――。
 強大な組織内で働くことにはメリットも多かろう。が、大変なこともいろいろある。ボクら自営業者にだって、ままならないことは、そりゃたくさんある。が、差し引きしてもまだ、まま「なる」ことの方が多いような気がするが、どうか――。
 重厚長大産業華やかなりし時分には、何をやるにも大資本が必要だった。大資本を集めるには大人数でかからなくてはならなかった。だから組織が必要だった。今はそれとは、ちょっと、違う時代だろう。
2005_08_01_camedia_007 スタッフの長谷川さん、羽生さんは給与計算で忙しい。夏休みだというのに学生もビデオ学習で忙しい。と思って学院の教室に行ってみると、おおっ、自由練習している人も多い。まるで通常の授業の日みたい。
 夕食=エビフライなど。



2005年8月 2日 (火)

なでしこ

 学院が夏休みのせいで、早寝早起きになる。
 授業があると、夜間部が終わるのが午後9:30。同業他校より30分ほど遅く時間枠を設定しているのは、働くおじさんたちの便宜を図ってのことである。で、課外の練習につき合ったり、当日の授業内容を講義日誌や教材に反映させたりしていると、退社時刻は10時をまわり、11時に近づくことも珍しくない。
 これが、昨日なんて午後4:30には学院を出てしまった。無趣味人間ゆえ、することがないので寝る。早く目が覚める。またすることがないので出勤する。
 電車の中。目の前のおじさんが読んでいる新聞をのぞき込む。
「なでしこも北朝鮮に敗れる」
サッカーの記事だ。
 なでしこジャパンとは何か? 長嶋ジャパンとか加茂ジャパンなら、長嶋さんや加茂さんが監督をしている日本代表チームのことだ。なでしこジャパンっていうのは、なでしこさんが監督なのか?
 要するに「日本女性」と言いたいのだろうが、しかしそれにしても、「なでしこ」じゃ力が入らなくないか? それで負けちゃったんじゃないのか。
「日本女性」を一言で表現したいなら、そりゃ、「ゲイシャ」がグローバル・スタンダードです。国辱的? まあそうカリカリせずに。今や日本も世界の大国、余裕の自虐ネタもクールではないか。
 これを言ってしまえば、「ジャパン」すら必要なくなる。その分、「ネチネチと湿潤に食い下がる」という意味と、「モンスター」の語呂を兼ね、「モンスーン」と続けるのは(本来なら「タイフーン」だろうが)いかがか? 
「ゲイシャ・モンスーン、全州を直撃!」
チーム編成に変更があるたびに号が進行するのもよい。
「ゲイシャ・モンスーン9号、北京上陸!!」
 外国人向けの土産物屋で売っているようなキモノを引っかけて入場。BGMは『ターニング・ジャパニーズ』しかないでしょう。
 学院スタッフは、おおかた休み。出てきてくれるはずだった人まで風邪で休み。ぼんやりと、思い出したようにPCをいじりながら、一人で留守番。直営店のスタッフが請求書を届けに来たり、学生がビデオを見に来たり――。
 夕食=タコサラダなど。



2005年8月 3日 (水)

ソ、ソ、ソクラテスか

 品川駅からインターシティー2階の屋根付き通路沿いに歩いてみると、そのまま八ツ山橋まで来れてしまう。また、ここからソニー通りに出るのに京急の踏み切りで待たされることが多かったのだが、地下道が既に開通していることを発見。どんどん便利になってゆく品川界隈である。午前7:30、学院出勤。
 給与計算はそろそろ佳境。スタッフに任せ、昼前には出てしまう。
 田中美知太郎『ソクラテス』、藤沢令夫『プラトンの哲学』を読み終わる。クセノフォン『ソクラテスの思い出』が、あまりに訳が分からなかったのが悔しく、図書館で手に取った2冊。まあ、少しは分かりました。
 ソクラテスとは、あれですな、大山倍達ですよ(「何事も実践されねば証明されない」)。ブルース・リーです(「知るだけでは不十分だ。行われなくてはならない」)。あるいは長嶋さん(「ドーンといけ、ドーンと」)か。
 つまりソフィストと呼ばれるインテリたちが、ああだこうだと専門的な知識を蓄え、蓄えれば見せびらかしたくなるわけで、それを披露し合うという時勢下、しかしそんなもの「人がよく生きる」上では役に立たないじゃないか、と言ってみせる。と、こういうのって時代を問わずウケるもののようである。一刀両断の爽快感といおうか。
 プラトンは、自分の哲学を、これは「ソクラテスが言ったこと」というフレコミで書いた。インスピレーションはソクラテスから得ているのかも知れないが、あくまで自分の哲学である。なんせソクラテスの死後、その著述を完成させるのに10年も20年もかけているんだから。
 だからクセノフォンの『ソクラテスの思い出』に出てくる生のソクラテスが、凡庸なオッサンに見えても、それは仕方ないのだ。ということで納得した気になって、とりあえずやめたやめた、もう、意地張って難しい本読むのは。



2005年8月 5日 (金)

 昨日、この夏一番の暑さだったらしいが、今日もそれと同じかそれを更新する勢いの暑さになる、予報である。予想最高気温を見ると、沖縄を除いた日本中のどこより、九州より、東京が暑いことになっている。これってよくあることで、いつも思うのだが、何故?
 学院に出てみると、デスク上に知らない人の大のばし写真が置いてある。よく読むと「指名手配」とある。昨日、警察の方がいらっしゃり、この人についてボクから話を聞きたいから電話してくれるよう、言づけて行かれたそうである。緊張して名刺の番号を押す。
「お前がやったんだ」
 って言われたらどうしよう?
「すいませんでした」
 って言っちゃいけないんだよな。
「面白い推理だね、刑事さん、ハハ。証拠はあるんだろうねぇ」
 って、おい、写真の人は加害(容疑)者だよ。その手配中の人が近所に住んでいたことがあるそうで、見たことはないか、とのお尋ねであった。ないですねぇ。
 帰り道にて。
「あ、また蝉の抜け殻。抜け殻いっぱいあるねぇ、おかあさん」
「セミ、いっぱい鳴いてるからねぇ。脱いでから鳴くんだよねぇ」
 脱ぐのか、あれ、おかあさん? あまりの暑さに?
 右上唇にできた大きな口内炎が痛く、顔の右半分が崩れ落ちるようである。思わず飲んでしまう。泡盛のシークワーサー割り。
 夕食=鳥の唐揚げ丼など。



2005年8月 6日 (土)

ヘルシンキ

 世界陸上がヘルシンキで始まる。TBSがいつものように大きな枠で中継している。午後10時からの放送なんて翌朝5時までやっているのだが、見る人、そんなにいるのか? ボクは見るが。
 陸上競技は中2のボクにギックリ腰を見舞い、ボクがこの業界に入る遠因を与えてくれた、いわば恩人である。視聴率に貢献しなきゃ。
 学院の留守番は松浦さんに任せ、オフとしてしまう。
 夕食=餃子など。



2005年8月 7日 (日)

国家資格

 午後1:30、学院に出勤。
 口内炎がまだ治らず、コンタクトレンズを入れているのも辛い。眼球と口内粘膜は、三叉神経という同じ感覚神経によって支配されているので、こういうことになるのだ。
――――
 午後6時より学校説明会。
Q「自分の親は、どうせ治療家になるなら、柔道整復や鍼灸などの国家資格を取れば、と言っています。どうなんでしょう?」(高校3年生)
A「これはやはり、人生観に関わる問題ですから、最終的には自分でいろいろ調べ、決めることです。頑張ってください。しかしながら、ボク(大川)が個人的な視点からアドバイスを差し上げることも可能でしょう。参考にしてください。
 腰が痛い、頭が痛い、膝が痛い、何となく気分がすぐれない。が、病院では相手にされない。と、こういった状況で多くの患者さんは、我々の元にいらっしゃいます。
 その際、鍼灸は国家資格だから鍼灸にしようか、カイロプラクティックは国家資格ではないから避けようか、などということを考えるでしょうか? まずそんなことは滅多に無いと、ボク自身の患者として、さらには治療家としての経験から、断言できると思います。そういった患者さんの頭の中の98%までを占める思いは、治るのか治らないのか、です。
 事故が起こった場合、国家資格を持っていないと不利ではないか、との御質問を受けたことがあります。これも心配には及ばない懸念です。
 いざ事故が起こった場合、その処理は、加害者たる治療家、被害者たる患者さん、そしてその仲介者たる保険会社によってなされます。国家資格を与えた国家が、有資格者を守ってくれるかというと、そういう仕組みにはなっていません。
 保険会社は全て民間の営利企業ですので、商品として成り立ちさえすれば、保険はできます。国家資格の有無は、ここでも、関係ありません。ちなみに弊校の卒業生は全員、某社さんの保険に加入する権利を持ちます」
Q「ある学校では、卒後、学校が主催するセミナーへの出席が義務づけられ、その料金が非常に高いと聞きました。御校ではどうなんでしょう?」
A「う~ん、聞いたことがないですね、それは。どこなんでしょう? いずれにせよ弊校ではそんなことはありません。
 卒業生は全員、日本カイロプラクティック医学協会(JACM)へ加入することができます。が、これは権利であって義務ではありません。会費は年間3万円です。
 ちなみにJACM会員は、学院が1~2ヶ月に1回のペースで開催するセミナーには無料で参加することができます。また先ほども述べました開業者保険に入るのであれば、JACMの会員であることが前提となります」
――――
 あまりの口内炎の痛さに、夜は何も食べずに寝てしまう。



2005年8月 8日 (月)

夏休み 大してすること無し

2005_08_02_caplio_001 午前11時出勤。
 昨日のQ&Aに対してEMのお便りをいただく。
「『まったくもって、そのとおりです』と申し上げたいです」
「私自身<中略>患者(11年)・某有名DCの内弟子(約5年)・免許取得者(現在)の経験から“患者が求めるもの=早期回復(効果的な施術)”であるということを痛感しています」
 ありがとうございます。励みになります。
 衆議院解散。例のバンザーイは、民主党議員から聞かれ、自民党員は黙っていたという。議会の解散なんて珍しくないが、これは実に珍しい。初、との報道も聞いたが、多分そうだろう。
 夕食=鰻丼など。



2005年8月 9日 (火)

無趣味、時間を持て余す

 正午頃、一応、学院に出て来る。スタッフの羽生さんが事務全般を取り仕切ってくれているので、はっきり言って出る幕が無い。
 昨年の夏は――と思い返すと、ほとんど毎日、しかも朝から晩まで一心不乱に働いていた。何をやっていたのか? 教材の開発ですね。
 で、それがやっと一段落ついたわけで、いや、この10年ぐらいで初めてかと思う、こんなに時間に余裕がある、というか時間を持て余すのは。でも何となく出てきてしまって、スタッフから鬱陶しがられるっていうのは、こりゃ典型的な中小企業のオヤジさん症候群だよ。無趣味だからなぁ。
 有名な写真家ヘルムート・ニュートンに「ひとかどの人間は無趣味なんだ」とのありがたいお言葉があるそうである。が、こういうのって、「ひとかど」どころではないことを世界中が知っているぐらい偉い人が言って、初めてサマになるものだろう。
 ニュートンさん、83歳で、昨年、亡くなっている。自分の運転する車で駐車場から出て来しな、壁に激突した、とのことであるが、本当か? そんなにスピード出して駐車場からは、普通、出て来ないだろう。場内には歩行者だっているだろうし。
 口内炎が相変わらず痛い。誰かいい薬でもご存じないだろうか?
 夕食=カルビ丼、鳥南蛮、サラダなど。



2005年8月11日 (木)

ボケナスと化す

 ボケナスは何故ボケナスか? カボチャでも、イチゴでもなく、何故ナスか? 恐らく、あののっぺりした、タネも無ければ、硬軟のメリハリもない、ひたすら一様な感じの表現であろう。
 などと、そんなことに思い至ってしまうぐらい、ボケナスな一日を送る。テレビを見たり、本を読んだり、昼寝したり、散歩したり、食べたり、だ。
 C・ハート『見えない病』、吉村忠典 『古代ローマ帝国・その支配の実像』を読む。前者は精読、後者は拾い読み。ディスカバリー・チャンネル『古代ローマの英知』、ムービープラス『ボーイズ・オン・ザ・サイド』を観る。五反田→池田山→白金→品川→五反田と散歩する。
 夕食=カルビ丼、カシューナッツ・チキン、だし巻き玉子、海草サラダ。



2005年8月13日 (土)

再び、国家資格について

 ケーブルテレビで『人狼』というアニメを観る。い、いいんですか、それで? そのエンディング。
 あの『エクソシスト』も、後半だけだが、久しぶりに観る。カラス神父がメリン神父に人工蘇生を試みるシーンですが、ありゃ間違ってます。そんなに殴りつけたら生きてるものも死んじゃいます、ファーザー。
 郵政解散のニュースを楽しく追う。民間にできることは民間に任せようという思想について、読者は、どれだけ考えておいでだろうか。もちろん賛否両論あっていいわけである。また賛は賛でも、その方法や、改革のスピードについても様々な意見があっていいし、事実あるわけだ。
 が、それでも、社会の大局的な流れが、ブレることなく「民活」へ向いていることだけは間違いない。民活ってなんかもう古い言葉になっちゃったが、民間の活力を利して、社会をよりよいものにしてゆこうという発想である。
 1990年代、厚生(労働)省に、日本のカイロプラクティック業界の一部が、将来の同業の国家資格化を前提に、公益法人設立のお伺いを立てたことがある。却下された。
 理由は? 時期尚早。これが表向きの理由。が、本音は以下のごとくである。
「今は民活の時代ですよ。お宅様方は既に民間で回ってるじゃないですか。それをどうして今さら官主導にしなきゃならないんですか」
 なんでボクがそんなことを知っているかというと、厚生労働省に友達がいるからである。このぐらいバラしてもよかろう。
 今はいい時代です。お上に頼らず、組織に縛られず、お客さんの顔をじっくりと見て、自分の力でのし上がってご覧よと、当のお上が言ってくださるんだから。だからというわけでもないが、皆さん、選挙にはちゃんと行きましょう。



2005年8月15日 (月)

支部設立について

 久しぶりに早く出勤。午前6時。
――――
 関西の方からEメールをいただく。
「口内炎の具合はいかがでしょうか?」
 今日になってやっと治ってきました。ありがとうございます。
「一日も早く、大川学院の支部が関西に設立されることを願っています」
 っていうんなら、Fさん、やってよ、自分で。まあ、これはHPでも、自著でも言っていることなんですが、自分の仕事(教育)は自分の目の届く範囲でやっていたいというのはあるんです、ボクの頭の中に。ささやかな哲学ってヤツですかな。
 が、卒業生で、支部(分校)をやりたいという「人」が出てきて、で、その人に充分な力があるという状況が来たなら、支部をやってもらうことには何の問題も感じていません。その場合、その支部はあくまでその「人」の支部です。資本も本人に調達してもらいますし、運営も自分の方針に従って自由にしていただいていい。入学を考えている人にもその旨はオープンにして充分説明し、その上でその「人」について行くつもりになった人が大勢集まれば、こりゃめでたいことです。
 で、将来は支部と本部とで、開業者の人数争いでもできれば楽しいかな、と。相撲の部屋制度の要領ですよ。
――――
 ケーブルTVのファミリーチャンネルが『ウルトラセブン』を延々と流している。シュールだ。
「なに?! 地球は自分の軌道を変えられないのか?」(ペガスサ星人)
 って驚くなよ、そんなことで。オタクだって科学が発達する前はそうだったでしょ。などと、昔のテレビに突っ込みを入れて楽しむようになっちゃあ、焼きが回ったってことだ。
 夕食=ポロロッカで買ったベーグル(シナモンとラズベリー)。ヨーグルトに浸したり、クリームチーズを載せたりして食べる。さらにミューズリーを、ヨーグルトと牛乳を1:1で割った中に入れたもの。高タンパクで意外に腹持ちする。



2005年8月16日 (火)

トレイシー・ローズをご存じか?

 午前6時より1時間ほど、五反田から白金にかけてを散歩。またわざと住宅街に迷い込んでみる。犬の散歩のおじさん、おばさんが目立つ。
 郵政解散のニュースが相変わらず面白い。自民党がライブドアの堀江さんに出馬を打診したとのこと。党ごと買う! とか言い出しちゃったらどうするのか? また、特定郵便局長の家族、OBの組織名が「大樹」なんだそうである。
 同時に読んでいて、今日になってまとめて読み終わってしまった本=トレイシー・ローズ『トレイシー・ローズ』、吉田望『会社は誰のものか』、藤原帰一『デモクラシーの帝国』。
『トレイシー・ローズ』はアメリカの有名なAV女優の自伝。悲惨な物語といえる。セサミ・ストリート(古い?)などでボクらが了解している陽気で明るいアメリカ社会の裏に、どれだけの暗部が隠されているかを垣間見せてくれる一冊である。
 ビル・クリントンが『マイライフ』という自伝を出しているが、彼とローズの幼少期の環境は実によく似ている。苛烈な競争社会であるアメリカ。そのストレスに耐えられない父親が飲酒して家で暴れる→身近な暴力、荒廃した家庭内環境→親の別居、離婚、再婚、引っ越しなどなど。さらに『マイライフ』中にはロシアのボリス・エリツィンへの言及があり、エリツィンの育った環境というのがまたクリントンも脱帽するほど悲惨なものだったらしい。
 それでもそんな劣悪な環境に打ち勝って、あるいはそれをバネにして成功した人の物語を読むと、幼少時の逆境は人を鍛えるもののように我々は思ってしまう。野口英世の世界だ。が、いや、そうとばかりも言えませんぜ、というのが『トレイシー・ローズ』で、環境(おそらくは素質も)に押しつぶされてしまった多くの人々が登場する。もちろんツブす方の人たちも。
『デモクラシーの帝国』は、以前に紹介した日高義樹『アメリカの世界戦略を知らない日本人』とテーマは同じ。さまざまな学説や歴史を引きながら、より学究的に、アメリカの一人勝ち状態を分析する。
『会社は誰のものか』も解説書だね。会社や法人といった仕組みの成り立ちなどを説明してくれる。堀江さんや孫さんの横顔、またボクが昔いた会社(ツブれちゃったんですが)なども出てくる。
 夕食=カツ丼、餃子など。



2005年8月17日 (水)

またまた国家資格について少々

 また目黒界隈を散歩の後、学院出勤。午前7時。
 午前10時、お世話になっている税理士のKさん来訪。夏休みとて時間があるので、税金について少し勉強しておこうとのハラで来ていただいた。しばしレクチャーを受ける。
――――
 鍼灸師のS先生からEMをいただく。
「鍼灸界は“年功序列”と“徒弟制度”が暗黒面のように被っている世界ですから、“学校=国家試験の合格が目的、治す技術の習得=弟子入り”が定説となっております。<中略>しかも、その技術に関しても、お偉い方たちの間で見解が統一されていないのが実情です。このような理由から卒業後、カイロのセミナーを受講したり、学校の門叩いたりする鍼灸師が存在するのです。ですから、『資格と技術は一致しない』というのが結論です」
 その昔、カイロプラクティックの講師として、毎週末のように日本中あちこちのセミナーに招かれて行っていた頃がある。聴講生の方々の多くが、柔道整復や鍼灸の有資格者であったことに驚いたものだ。ご存じのようにカイロプラクティックは、日本では、国家資格が無い。なのに既に資格を持っていらっしゃる方々がそのカイロプラクティックを学び、可能ならそれで仕事までしてしまいたい、とおっしゃるのである。
 何故? とは誰しも思うだろうが、それは実は不思議でも何でもない。患者さんは自分たちのゲットするもの(治療効果)に関心があるんであって、ボクら治療家がどのようにしてその技術を学んできたかなんてことには一縷(いちる)の興味もないのだ。
「いいものはいい(駄目なものは駄目)」
「お客(患者)様は神様です」
と、このシンプルな原則で全ては回る。
――――
 夕食=鳥のタルタルソースがけ丼、海草サラダ、焼きプリンなど。



2005年8月18日 (木)

ガクインチョーの夏休み

 最近のパターン通り、午前5時起き、7時出勤。しつこいようだが、今日、この回から本ブログを読み始めた方もいらっしゃるだろうから、たまには改めて説明しなければ――。現在、大川カイロプラクティック専門学院は夏休みである。
 最終週にはアメリカ・オレゴン州・ウェスタンステーツカイロプラクティック大学への解剖実習が敢行される。が、これは松浦さんの担当。
 たまには教室を開放して、学生が実技の自由練習をできるようにしてある。実技練習に際しては必ずインストラクターが張り付くが、こっちは小梨さんの担当である。
 また視聴覚施設でのビデオ学習は、ほぼ毎日のように受け付けている。学期中に受講しそこなったものや、もう一度見たいものなど、学生は自由に借り出して、学院内で(持ち出しはできない)見ることができる。で、これは事務局の羽生さんの仕事だ。
 ということで学院長たるボクは、することがないどころか、あんまり居ると鬱陶しがられる。仕方なしに学院を出、涼しい所を見つけて本でも読むことになる。
 大槻ケンヂ『我が名は青春のエッセイドラゴン!』を読み終わる。ケチゆえ本はほとんど借りるのだが、図書館に無かったので珍しく買ったもの。
 著者が高校生時に「恥ずかしい」病気にかかり、その治療薬をやはり「恥ずかしい」ところに塗ったところ、物凄く痛くて
「松崎しげるをコンコルドに結びつけてNY→パリ間を往復した」
ぐらい叫んだという個所を立ち読みしちゃったせいでレジでも笑いが止まらず、店員さんには変に思われただろうこと間違いない。
 夕食=ポロロッカの鳥のタルタルソース丼など。これ、あまりに頻繁にボクが食べるものだから、学院の準本科で有名になってしまい、ファンになっている人も少なくない模様。



2005年8月19日 (金)

ストア哲学とは何か

 午前8:30出勤。10時、近所の歯医者さんへ。
 学院直営店院長のYくん来訪。お盆に新妻と盛岡に行ったはいいが、新幹線の中で地震の直撃を受け、7時間、車内にカンヅメになったという。この二人、大川カイロプラクティックグループ初の社内結婚である。めでたい。
 インストラクターの松浦さんは今日からアメリカ。ウェスタン・ステーツ・カイロプラクティック大での解剖実習の付き添いとして、先に現地入り。
 新党立ち上げで意気盛んな鈴木宗男さんを、久しぶりにテレビで見る。
「公判中の身ですが」
と、みのもんたさん。
「あれは私は国策捜査に嵌(は)められたと思っておりますので」
 一驚。国策捜査にヤられたとテレビで言っちゃった日本人は初めてではなかろうか。『朝ズバッ』だからってそんなにズバッと――大丈夫ですか?
 昨日、部屋の掃除をしていて少し腰がダルくなってしまう。久しぶりに出勤の小梨さんに「やって」もらう。全治。Thanks。
 ずいぶんと前(2~3ヶ月)から読んだり止めたりしていたトム・ウルフ『成りあがり者』を読み終わる。アメリカを舞台にした、いわゆる現代小説である。
 A・A・ロング『ヘレニズム哲学』中に紹介があったので買ったもの。古代ローマ帝国の有力な指導原理であった(はずの)ストア哲学が、現代に甦るとこうなる! 的なフレコミ。そりゃ買わねばなるまい、にわかローマおたくとしては。文庫本なのに、分厚いせいで、上下巻合わせて2,000円もした。
 で? うーん、ピンときませんでした。
 ストア哲学の大御所というとエピクテトスという人になるのだが、『成り上がり者』も彼の教説を頻繁に引く。簡単に言えば「ボロは着てても心は錦」だ。金を持っていても心が貧しければ駄目、乞食の身なりをしていても心が豊かならOK、と、何の変哲もない精神論だ。
 現代で我々が社会・経済活動を行う上では、とてもじゃないけど額面通り受け取るわけにはいかない。いくか? 無理でしょう。乞食になっちゃいなさい、ぐらいのことを言うんだから。
 そういう折り合いを何かつけてくれるのか、ウルフさん、と期待して読み進めるとラストでは、ストア哲学に感動した富豪が本当に財産を放り出して伝道師になってしまう。が、肝心の、何で彼がそんなに感動したのかが分からない。
 さらには、伝道が結構ウケて、富豪、そっちでも小金を稼いでしまうという展開。うーん、これはいったいどういうオチなのか。別にオトそうとも思っていないのか。
 教義の解釈もちょっと違うのではないかと思う。ストアを信奉する若者が「ゼウスよ、力を下さい」とか祈ったり、それに応える(ような)かたちで地震が起こったりするんだけど、それって――?? というわけで、重箱話になっちゃいそうですんで、このぐらいでやめます。
 夕食=リブ・ステーキなど。



2005年8月21日 (日)

基本

 学院では直営店逗子院の田中さんがセミナーを開いている。午後1~4:30。ウチのセミナーは、現役の治療家で、しかもバリバリ稼いでいる人しか講師には呼ばない。
 ボクは、6時からの学校説明会のため、午後3:30出勤。お暑うございます。
 入学を考えていらっしゃる方からEメールをいただく。こまめにお返事を差し上げるようにしているので、みなさん、何でもどうぞ。
「大川先生の書籍を読んで感銘を受けました。現在自分は放射線技師として働いてるのですが前々からカイロプラクティックに興味がありました。機械を介してではなく《直接人に触れて自分の手で患者様を治してあげられる》という自分の願望が叶えられる素晴らしい仕事なので今はカイロプラクターになりたい気持ちでいっぱいです」
 そう、カイロプラクティックはマニュアルで、ローテクで、ヒューマンで、そしてちょっと手間暇のかかる仕事です。楽しいですよ。
「大川カイロプラクティック学院の様な本物を教えてくれる学校で学びたいのですが、私は神戸市在住」
 弊校の準本科には四国や仙台などの遠方から通う人もいます。確かにきついとは思いますが、お考えになってみてください。
「神戸大阪方面で大川先生が認められるような学校は存在するのでしょうか?」
 うーん、残念ながら、思い当たりませんね。
「テクニックのことで<中略>某学校では、コンピューターサーモグラフィーやナーボスコープというものを使って診断を下す事を確立づけている所があるみたいですが大川先生のやり方ではそれらを使ったりするのでしょうか?」
 しませんね。応用としてそういう方法があってもいいとは思います。が、手技療法家の基本は手技であり、学校は基本をこそ心身にたたき込む場であると、弊校は考えております。また、体技が身についていれば、「応用」は後からでも楽に吸収することができます。
 もう少し率直に言わせていただくと、ボクらの仕事は職人芸。手と手、肌と肌なんです。診断力、治癒力のいずれにおいても、どんな機械も訓練された人の手には敵(かな)いません。最初から機械に頼っているようでは駄目です。



2005年8月28日 (日)

どうっすか部長、今晩、一杯? ①

 午後3:30出勤。今日はセミナー。
 学院主催のセミナーは在校生、卒業生問わず参加できる。参加料は1万円。しかもJACM(日本カイロプラクティック医学協会)会員は何とタダ。破格だと思うがなぁ、内容を考えると。
 通常月に1回のペースであるが8月は、夏休みで教室が空いているので、2回。今日はその2回目。講師は山下利幸先生である。
007 山下先生は兵庫県は宝塚市内で開業していらっしゃる。技術的にも、経営的にも、ボクが駆け出しの頃より非常にお世話になってきた方である。そのご縁もあり、大川学院卒業生のM君が現在、宝塚治療院でスタッフとして働いている。将来的には同院を継ぐという含みである。
 セミナー後、午後6時からは山下先生も交えての懇親会。ビールだけなのだが、久しぶりに飲んだせいか、妙に効く。
「30越えると駄目だよ」とかよく聞くが、ボクはそんなこと全然なかったねぇ。お酒も20代よりは30代の方がよっぽど飲めた。というより、その年代にはつき合いで飲む機会が多いわけだが、それに体が十分対応できた、というべきだろうが。
 いずれにせよ、40を越えてがっくり落ちた。他のあらゆる臓器同様、肝臓も機能が落ちてきたということだ。以下に酔いのメカニズムを少々。
 血中に入ったアルコールは、脳を外側から徐々に麻痺させてゆく。脳の最外層は新皮質で、理性の座である。だからまず理性がぼやける。
 が、その下の層である古皮質はまだ元気。古皮質は情動の座であって、本能や感情を司る。だからこの段階で人は、泣いたり、怒ったり、エッチになったりするわけだ。
 さて、そんな状態のままでは社会生活は送れない。飲んだアルコールは処理しなくてはならない。どのように?
alchohol 肝臓のアルコール分解戦略は2段構えである。アルコールはまず、アルコール脱水素酵素によって、アセトアルデヒドと水素に分解される。このアセトアルデヒドは「悪酔い」の元であり、頭痛、めまい、吐き気などを引き起こす。
 続いてアセトアルデヒドは、アセトアルデヒド脱水素酵素によって、酢酸と水素に分解される。両者は肝臓外(筋肉内など)で、最終的には炭酸ガスと水になり、呼気や尿として体外に排出される。だからアセトアルデヒド脱水素酵素は「酔い覚め」酵素である。日本人にはこれが少なかったり、無かったりする人が多く、そういう人が、いわゆる下戸である。
 つまりアルコール脱水素酵素が多い人は「飲んでもなかなか酔わない」人、アセトアルデヒド脱水素酵素が多い人は「悪酔いしない人」「二日酔いにならない人」である。いずれの酵素も多ければ多いほど、「お酒に強い」人を作る。
 そして、ある人がこれらの分解酵素を肝臓内に持つ量は、ほぼ完全に遺伝的に決まっている。しかも若いうちは多く、年をとれば必ず少なくなる。よって「肝臓を鍛える」ことは、基本的には、できない。
 でも「酒に強くなる」ってよく言うじゃないですか。あれは? 次回へ。



2005年8月29日 (月)

どうっすか部長、今晩、一杯? ②

「アルコールに強くなる」というのは肝臓が強くなって、アルコールの分解能力が高まることなのか? NOである。
 これは実は体の細胞(特に神経細胞)の方がアルコールに対して耐性を上げるということなのだ。耐性とは? ちょっと細かく説明すれば以下のようになる(参考=『アルコール依存の生物学』(学院のライブラリーにあります))。
 われわれの体の全ての細胞は細胞膜におおわれている。細胞膜は取捨選択の上、外の物質を取り入れ、内の物質を排出するのを一定の速度で常に行っている。この性質を細胞膜の流動性と呼ぶ。
 細胞膜の流動性は飲むと上がる。血の巡りがよくなって、カッカしてくる、体がほぐれ(た気がし)てくるのは、このためだ。
 が、アルコールを連用すると、そのうち、より多くアルコールを浴びないと細胞の流動性が上がらなくなってくる。これが「耐性が上がる」という現象。ちょっとの運動で十分に「効いた」初心者も、ベテランになるとより強い運動をしないと「効いた」気がしなくなってくるのと同じである。
 非常に問題なのは、この状態になると、飲んでいない時の細胞の流動性が「下がって」くることである。どうせそのうちアルコールが上げてくれるんだから、と、細胞膜どもがさぼり始めるんだね、仕事を。アルコール連用者が、「飲まないと、なんかつまらねぇ」とか言い出すのは、このためだ。身体的アルコール依存の成立である。
 で、飲む。が、なかなか酔わない。で、もっと飲む。やっと酔う。
 これを見て人は「お強いんですねぇ、肝臓が」などと言うのだが、勘違いというものだ。アルコールを浴びても平気なように体の方が慣れ、馬鹿になってしまっているだけで、決して肝臓がパワーアップしたわけではない。むしろ肝臓は、日々、過労を強いられ、機能も普通以上のスピードで衰えてゆく。
 が、厄介なことに肝臓は、沈黙の臓器と呼ばれるように、よっぽど駄目になるまで症状を現してくれない。我慢強過ぎるヤツというのは、人も臓器も困りものだ。で、非常にしばしば、初めて症状が出た時がイコール手遅れの時、つまり肝硬変だったりするのだ。
 肝硬変とは、肝細胞が線維組織に変化してしまうこと。硬い靴はいて歩き回ってると、足の裏が硬くなる。あれに似ている。違うのは、硬くなった皮膚は負担を減じればまた柔らかくなるが、いったん線維化した肝臓は決して元には戻らないこと。
 よくいわれるように肝臓は、半分以上切り取っても、短期間のうちに完全に再生する。が、そのくせ、線維化した部分は元には戻らない。不思議といえば不思議だ。
 そんなわけだから、まあ、飲むのも若いうちはいいのだ。社交の範囲を広げることにもつながるだろう。「飲みニュケーション」などという言葉があるように、日本は飲み社会だ。その方面のつき合いが悪いと、世界が狭まりがちになるのは現実である。
 問題なのは40を越えたサラリーマンだ。通常、会社勤めをやっていると、このぐらいの年代で飲む機会が加速度的に増える。顧客の接待で一杯、ストレス晴らしにまた一杯。
 しかも体の方は耐性が上がっているから、飲んだ気になろうと思ったら、昔よりいっぱい飲まなくてはならない。「一杯」が「いっぱい」になってしまう。シャレてる場合ではない。危ないことこの上ない。
 この点、ボクらのような治療家(や、そのインストラクター)だと、40にでもなれば周りは自分より若い連中ばかり。儒教社会の掟に則って酔っぱらって見せてやらなくてはならない相手がいない。また、顧客接待という仕事とは無縁である。
 というわけで、肝臓が弱くなるのに比例して、飲まなきゃならない機会も減る。治療家の生活は健康的にできているのだ、というオチでした。
 ちょっと風邪を引いたか。喉が痛い。早く寝ることとする。
 夕食=またポロロッカの鳥唐揚げタルタルソース丼、ウナキモ(鰻の肝臓)串、サラダなど。



2005年8月30日 (火)

KANKA

 解剖実習団を引率してアメリカに出張していたインストラクターの松浦さん、帰国後、初めて学院に顔を出す。なんとか全員、無事にやってきました、とのこと。ボクへのおみやげはKANKA。あっちでしか手に入らない口内炎の薬である。
 卒業生で学院直営店のスタッフ、Kさんから、ヒクソン・グレーシーと一緒に撮った写真をもらう。有名な格闘家である。
 



2005年8月31日 (水)

ノド

 ノドのあまりの痛さに寝られず。しかたなく午前3時に起き出す。
 明日から新学期。何やかやとやることはあるのだが、お休みとしてしまう。