“Vertebral Challenge”


 前回(第34号)の筆者の寄稿は、もちろん筆者のオリジナルであるのだが、唯一そのタイトルとなった「変化の風」は編集者の命名である。実にいいタイトルだと思って感心すると同時に、筆者の意図を的確にくみ取っていただいた編集者に感謝している。
 さて、その「変化の風」の筆者に今回からこの「米国カイロ事情」連載のお声がかかった。せっかくの機会である。興味ある方々に、さらに変化をお届けし続けようと思っている。
 何かしら新しいことが起こればそれが変化かといえば、そうでもない、と筆者は定義づけておきたい。いかに大事であっても、阪神大震災は変化ではなくて出来事であったが、同じ大事でも社会党の党首が内閣総理大臣イコール自衛隊のトップになるというのは、これだけでは直接誰も生きも死にもしないが、これは超ド級の変化だった。
 今後数回にわたって、筆者は、なるべく事実を語ることに専念したい。かといって筆者は、その語られる個々の出来事なり何なりに、それほどの興味を示した結果としてそれを述べているのでは必ずしもないことも、お断りしておきたい。筆者の興味の対象は出来事の裏にある流れ、変化の流れである。

Muscle Testing Response to Provocative Vertebral Challenge and Spinal Manipulation:A Randomized Controlled Trial of Construct Validity
by MICHELL HAAS,D.C.,DAVID PETERSON,D.C.,DENNIS HOYER,D.C.and GREG ROSS,D.C.
Journal of Manipulative and Physiological Therapeutics(JMPT),vol,17 #3,1994,p.141-148
「脊椎チャレンジおよび脊椎マニピュレーションに対する筋力テストの反応」(1994年、JMPTより)

 オレゴン州ポートランドにあるウェスタンステーツ・カイロ大学における、ミッチェル・ハス(D.C.)らによる実験で、同大学が公認して予算を組んだものである。彼らは、いわゆるアプライド・キネシオロジー(以下AK)で使われる筋力テストが臨床のツールとして信頼に足るものであるかということを検証しようとした。
 AKによれば、サブラクセーションを起こしている脊柱分節に軽い指圧を加えた後にこれを素早く離し、直後に筋力テストを行うと、筋力はこの操作前に比して弱くなっており、術者の加える力に抵抗できなくなる、とされている。こうしてサブラクセーションの発生している部位を探すことが「チャレンジ」と呼ばれる。
 まず、こういうことがその通り起こるかについて以下のようにして実験した。いやそれにしても、いつもながらこの種の実験には、そのやることの細かさに感心させられる。

 まず70人ほどのボランティアを患者役として学生から募ってくる。この際にAKのセミナーに参加した経験などがある者ははじかれる。そして術者役として「AKセミナーで訓練を受け、筋力テストに10年の経験を持つ」という2人を連れてきている。
 1人ずつ患者を治療室へ入れてベッドに腹臥位にし、その腰のあたりでカーテンを引く。患者の上半身側には「チャレンジ」をやる術者が入り、下半身側には筋力テストを行う術者が1人で入る。そこでまず「チャレンジ」をやる術者が以下の三つのいずれかを行う。
1.T3からT12までの10の脊椎分節の棘突起の左または右に、アクチベーターを使って4〜5kg重の力を加え、約1秒で素早くこれを離す(チャレンジの真似)
2.アクチベーターで、1と同様に僧帽筋を押す
3.何もしない(アクチベーターの「空砲」を撃って音だけ術者に聞かせる。いや、意地が悪い)


 直後に術者が梨状筋を使って筋力テストを行い、たった今アクチベーターで触れられた分節に(2・3の場合は触れられてすらいないのだが)サブラクセーションがあるか否かを、筋力テストの結果から、「ある」(以下、これを陽性という)か「ない」(同様に、以下これを陰性という)の二者択一で判定する。
 2人の術者同士は、実験中、お互いに相談し合うことはもとより、実験が始まって終わるまでお互いの顔を見ることもないし、カーテンのせいで術者はどこの分節がチャレンジされているのか見ることはできない。
 1人の患者につき、1はT3からT12までの合計10分節の左右に対して、2・3はそれぞれ1回ずつ行われるから、1人の患者につき、1人の術者からトータルで22のテスト結果が得られる。
 これでまず、術者が上の1(本チャレンジ)を、2もしくは3(いずれも偽チャレンジ)から区別できるか否かを検証した。統計処理の詳細を省いて結果をいってしまえば、陽性の判定が出る率が、本チャレンジの場合で5.6%、偽チャレンジで2.2%であった。
 この際、術者たちが「ここだ」と言ったところに本当にサブラクセーションがあったか否かという分析は行われていない。どこに本当にサブラクセーションがあるのかは誰にも分からない問題であると説明されている。
 偽チャレンジで2.2%の陽性の判定が出るのだから、本チャレンジで陽性判定が出た5.6%のうちの2.2%まではチャレンジがあるなしにかかわらず出てくる判定と想定できるので、5.6から2.2をひいて3.4、これのみがチャレンジによって出てきたと考えられる判定である。5.6のうちの3.4の割合は3.4÷5.6×100の60.7%。つまり、筋力テストの陽性判定のうち「チャレンジ」によって引き出されたもの、「チャレンジ」との相関をもつものは、60.7%に過ぎないということである。

 さて、筋力テストは治療開始前にサブラクセーションを見つけることに使われるとともに、臨床的には通常、いわゆるアジャストメント後に行われ、治療が成功したかどうかを確かめるツールとしても使われる。これも、そういうことが本当にできるものか、調べてみましょうということで、続いて今度はこんなことを行っている。
 ある患者のある分節について、術者がサブラクセーション有り、すなわち陽性と判定した場合、ただちに以下の四つのことのいずれかが患者の上半身側で行われる。
 @ 経験あるカイロプラククーが当該分節ヘアジャストメントを行う
 A アクチベーターによって、当該分節の棘突起付近の軟部組織に振動を与える
 B アクチベーターによって、L5または当該分節から少なくとも5分節以上離れた分節の棘突起付近の軟部組織に振動を与える
 C 何もしない

 @は本アジャストメントで、A〜Cは偽アジャストメントである。もちろん術者にはこのうちどれが行われたのかは知らされない。
 1分後に術者が、初回と同様に梨状筋を使った筋力テストの再検査を行う。この際にもカーテンの向こう側(患者の上半身側)ではアクチベーターで患者の背中のあちこちが「チャレンジ」され、その直後に術者はテストを行うよう指示されるのだが、ここでも、この「チャレンジ」は以下の四つの部位、すなわち、
 T 先ほど、陽性と術者によって判定された分節
 U Tのすぐ上の分節
 V Tのすぐ下の分節
 W 最初の検査で陰性と判定された分節

 の棘突起の両側に対して順番に行われる。よってこの再検査は、トータルで8回の筋力テストからなることになる。テストする方も疲れるだろうが、むしろされる方にとって、なかなかしんどい実験だったのではなかろうか。

 さて、お分かりだろうか。@〜CとT〜Wの組み合わせは4×4で16。術者は再検査のあとで、サブラクセーション有りか無しか(陽性か陰性か)で答えなくてはならないから、トータルで16×2の32通りのストーリー展開が成立可能だ。アジャストメントのあとにアジャストされた分節を検査して、陰性と答えるのが最もあらまほしきパターン(@−>T−>陰性パターン)である。
 アジャストメント後にアジャストされた分節を検査して陽性と答える(@−>T−>陽性パターン)、これも別に不合理ではない。アジャストが下手だったと考えることもできるからだ。しかし、例えばC−>T−>陰性パターンなどは、やってしまうとつらい。アジャストメントと称して実は何もやっていないのだが、その後でサブラクセーションが消えてしまったというのだから。
 C−>W−>陽性パターンなどは、もっと避けたい。この場合、初回テストで陰性とされた分節が同一の術者によってその1分後に、今度は陽性と判定されたことになる。
 この結果についても統計処理の詳細は省くが、上のようなことを70人の実験台(患者役のボランティア学生)相手にやっていて、術者も2人いる。統計的な処理がなかなか面倒くさいものになることは想像していただけると思う。実際そうなのだ。手技療法の有効性を検証するなどというタイプの実験は、基本的には臨床的に数をこなして有意差がでるか否かを検討するしかないわけだから、統計処理の専門家をスタッフに擁することが必要になってくる。研究論文と症例報告の決定的差異がここにある。

 ともあれ、出てきた結果の要点をまとめると、以下のようになる。
 初回テストで陽性と判定されたケースのうち、本アジャストメント後の再テストで陰性と判定されたものは93%であったが、偽アジャストメント後に陰性になったものもまったく同率の93%であった。また、初回テストで陰性と判定されたケースのうち、偽アジャストメントのあとに陽性になったものが10%あった。
 まず、筋力テストは本アジャストメントと偽アジャストメントとを一切区別できなかったのだが、上でも述べたように、これそのものは驚くべきことでも何でもない。アジャストする人が充分に下手であれば、それをやろうがやるまいが結果に差が出ないのは当然といえる。
 しかしながら、何も治療を施していない(偽アジャストメント)にもかかわらず、筋力テストによると、1分前にあったサブラクセーションが93%の高率で消えてしまうことは刮目すべきデータである。
 さらに、筋力テストによると、1分前にはなかったサブラクセーションが再検査を行うと10%の率で出現している。この10%という数字を高いと見るか低いと見るかだが、これはどう考えても高い。10%で陽性ということは90%で陰性ということなのだけれど、初回が陽性であったもののうち、再検査が陰性になったものが93%なのである。70人程度のサンプルしか扱ってない環境では、この90と93に有意な差はないと考えてよい。
 これをまとめるに、初回の判定の陽・陰性に関係なく、かつ治療が行われたか否かにも関係なく、ほぼ同率(90〜93%)で再検査では陰性が出るということである。

 ハスらによる「結論」をそのまま引用する。
「(テストに対する)筋力の反応はランダムな現象であり、治療可能なサブラクセーションの存在とは関係を有さない。脊椎の診断およびアジャストメント後の治効の評価に使用されるには、筋力テストは本質的に疑問が多い」(カツコ内は筆者)。
 こういった学会誌にはたいてい、発表された研究に対する読者の側からの批評(多くの場合は反論)を掲載するコーナーが設けられていて、これは「Letters to the Editor」(「編集者への手紙」)などと呼ばれている。
 で、この記事に対する反論がまた興味深いものだった。あれこれ含めて次号でご紹介しよう。