サブラクセーション・ワンダーランド

ACAかく定義せり
「隣接関節構造体の、動力学的、解剖学的、もしくは生理学的な、正常な状態からの改変」
 ナンだこれは? と問えば、これこそACA(アメリカン・カイロプラクティック・アソシエーション)が1972年から正式に使っているカイロプラクティック・サブラクセーションの定義である。
 もちろん、患者さんにサブラクセーションとは何か、先生は何を治療しているのか、と問われて、この定義を持ち出すドクターは米国にだっていはしない。いろいろと説明しなくてはならないはずの物事を一言でサラリと言ってのけようと無理をするから、定義などというものは得てしてこんな訳の分からない詩かなにかのようなものになってしまうのだが、よくよく見るとそれがなかなか深いのだ。作った人の苦労なども実によくにじみ出ていて味がある。少しくそれを味わってみよう。
 まず「関節」といわずに「関節構造体」という。背骨における椎骨の重なり合いを、あたかも積み木の重ね合わせのごとく論じ、「この骨がズレている」式の物言いを容易にすることを長らく行なってきたことへの反省が、ここにはある。関節は関節のみにて生くるにあらず。まずそれを、縦に横に斜めに、さまざまな方向からつつみ込む靭帯がある。深部の傍脊柱筋群は関節構造そのものに非常に近接し、これも筋というよりはむしろ靭帯に近いかたちで関節を補強している。また、アジャスト可能(adjustable)な関節、すなわちポキッと鳴らすことのできる関節とはいわゆる滑膜関節のことで、その意味では椎間板はアジャスト不可能なのだが、これも骨と骨の接合に重要な役割を果たすのはもちろんである。椎体は椎間板によって接合されているわけで、これによる制限を無視して椎間関節のみがズレたり、動かなくなったり、あるいは動き過ぎたりそういった勝手なことをできるようにはなっていない。これら、関節まわりの組織をすべてひっくるめて「関節構造体」というわけである。骨だけ見て右にずれたとか、左に回ったとか、そういうものの見方、言い方はしないよ。もう少しそのまわりの状況もよく見て合理的に考えるよ。という、これはもう一つの意思表示ですらある。
 そして「動力学的、解剖学的、もしくは生理学的な」ときたもんだ。
 「解剖学的」というのは一番ピンとくる。古きよきズレとしてのサブラクセーションはこれになるのだろう。また、関節構造体を相手にしているのだから、靭帯の骨化であるとか、椎間板髄核の脱出であるとかもこのカテゴリーに入ってしまう。いずれにせよ静的な状態で目に見えるものである。
 「動力学的」というのは、主にモーションパルペーション的なことをいっている。止まっている状態で見た目がシロでも、動かしてみて動くべきところが動かなければクロとする。これをモーションパルぺ−ションではフィクセーションと呼ぶわけだが、ACAの定義はこのフィクセーショシをもサブラクセーションの枠内に取り込んでしまおうとするものである。その意味で、ACA定義でいう「サブラクセーション」は、むしろもう「脊椎異常」とでも置き換えた方が適切なぐらいで、サブラクセーション=亜脱臼という図式は完全に打ち破られている。
 「生理学的」というのは間口があまりに広い。上の二つに当てはめることができないもので、しかも何らかの「関節構造体」の異常であれば、まずほとんどすべてこのカテゴリーに入れてしまうことが可能である。すぐに思いつくところでいえば、急性腰痛の例であろうか。痛みの大部分は急性炎症によってサブスタンスPなどの化学物質が「関節構造体」付近に集まることによって引き起こされる。この場合、目に見える炎症(開いてみれば見えるだろうし、消炎剤の注射によって症状の軽減が見られる場合が多いことによっても確かめられる)は、いわば「解剖学的」な現象であろうが、痛みの原因になっている化学物質方は内分泌学的な世界で論じられるべきものである。内分泌学だって人の生理の一部を研究するものなのだから「生理学的」な議論になる。およそ人体内部で起こる現象はすべて「生理学的な」現象であることには間違いないわけで、これをつきつめれば、極端な話、脊椎癌でもサブラクセーションの一種になってしまう。
 さらに極めつけは「正常な状態からの改変」の文言。
 鈴木はこれを批判して「正常の規準が示されていない。自覚症状のないのを正常とはいえぬし、]線、その他検査に異常がないのを正常ともいえぬであろう。定義の適用によっては、サブラクセーションのない人を探す方が難しくなりかねぬ」1)と述べた。まさしく卓見である。言われた方はグウの音もでない。この間いに対してカイロプラクティック業界から彼に対して何らの回答もない、とのことであるが、さもありなん。何が「正常な状態」かを言わないで、それからの「改変」がサブラクセーションであるというのであれば、何がサブラクセーションであるのかを言っていないのに等しい。

ズレてません
 いったいゼンタイ、どういうわけでこんなアイマイな定義になってしまったのだろう。些末なことだからそれほど深く考えなかったではすまされない。なんといったってサブラクセーション。カイロプラクティック業のよって立つべき心の支え、魂のよりどころ。昔も今も最重要テーマの一つのはずである。生半可な思い入れで作った定義とは到底考えられないのだ。
 大いに評価すべきポイントとして、サブラクセーション=背骨のズレというようなステレオタイプからは、そろそろ公式にも脱却しなくてはならないというACAの良識がまずあった。これは、当時、加速度的に進んでいたカイロプラクティックの治効の磯序に関する研究に勇気づけられたものであり、業界の一部にこういった良識が浸透し始めたということは大いなる進歩であった。ところが、それじゃあ「ズレ」でなければサブラクセーションって何だ、と聞かれたときに何と答えることにしておう、という段になって困った。
 カイロプラクティック業務を規制する法規の多くには、カイロプラクティック業はサブラクセーションの矯正を目的とするものである旨が既に明記されていた。例えば、ニューヨーク州の法規によると「カイロプラクティック業とは、人体における構造的なアンバラス、歪みまたはサブラクセーションを、手技または機械的な方法で発見、是正し、脊柱の不整列、またはサブラクセーションに関連して神経症障害が存在している場合、その影響を排除することを目的とする」という具合である。さらに現実として、カイロプラクターは投薬・手術を除くほとんどすべての医療業務に従事するこが可能になりつつあった。サブラクセーションを変に狭く定義してしまったのでは、せっかく長年の努力を経て獲得してきたscope of practice(業務範囲)を失うことになる。昨日までやっていたサービスを今日からはできなくなりました、では患者にも顔向けできない。
 サブラクセーションとは背骨のズレである、という科学的に受け入れられ難い教義とはそろそろおさらばしたい。しかし、サブラクセーションを治すことイコールカイロプラククーの仕事という基本的図式は崩してはいけない。現に獲得している業務範囲を自ら狭めるようなこともしたくない。この三つ巴のジレンマを打破すべく誕生したのが上の苦肉の定義。要するにall inclusive、超包括的な幅をもたせたのである。しかも最近では単にサブラクセーションではなくて、サブラクセーション複合体(subluxation complex)などという呼び方をする。サブラクセーションの存在から副次的に発生する筋の過緊張やら何やらをもひっくるめる意味合いをより強くだすための言い回しである。
 「定義の適用によってはサブラクセーションのない人を探す方が難しくなりかねぬ」から、それではおかしい、と鈴木は指摘するわけであるが、意地悪く考えれば、それこそこの定義の敢えて意図された目的のひとつだったという見方もできる。いずれにせよ、所詮これは相当程度、政治的な建前としてのサブラクセーション定義であることは知っておいた方がよい。ACAは研究財団ではなく、あくまでカイロプラクティック業の利害を代弁する業界団体である。じゃあ結局サブラクセーションって何なのだ。だいたいあるのかないのか、そんなものが。はっきりしてくれよ、ということにやっぱりなってしまう。
 結果を先に言うと、こういうことになる。
 ある場合もあるし、ない場合もある。また、ある場合はもちろんそれがカイロプラクティック手技の適応になるわけだが、ない場合でもそれは適応となりうる。
 どういうこと? 理解するためには、それには最近ますます明らかになってきているカイロプラクティックの治機序について少々造詣を深めていただかなくてはならないのだ。

カイロはこうやって効くんだ
 理性的な検討に催するカイロプラクティックの治効機序は今日いくつも提出されている。かつて、クラック音は、ズレた骨が元に戻る音であるなどと説明されたが、これは正しくない。操作にともなって椎間関節胞内の内圧が瞬時に急激に下がり、これによって滑液が一部気化し、気泡がお互いにぶつかりあって音を発生する。この、流体力学でいうところのキャビテーション現象がクラック音の本態である。
 以下、カナダの研究者Kirkaldy-Willis2)のいうところをまとめると:

効き方その1
 椎間関節の関節胞には、関節の屈曲・伸展状態についての情報を感知する固有受容器が多く存在する。キャビテーションにともなう滑液の一部気化によって関節胞内の容量が通常の域をはるかに超えて増大することによって、これら受容器は一般に強く興奮する。こ興奮がいわゆるゲートコントロールの機序を発動させ、近隣軟部組織から比較的細い神経によって伝えられる疼痛性侵害刺激が中枢神経系に達するのを抑制する。

効き方その2
 さらに、関節の固有受容器への刺激は、操作の標的となっている関節付近の筋に反射的に作用し、疼痛にともなう筋スパズムの原因である運動神経の過剰な遠心性インパルスを抑制する。得られる結果は、痛みによってガチガチになっている筋のリラクゼーションである。

効き方その3
 慢性腰痛などでは関節周囲の軟部組織に恒常的な短縮が起こることにより、関節内部に癒着が発生することがある。このような癒着はカイロプラクティック手技によって効果的に解除される。

効き方その4
 また、適切に行われた関節に対する物理的操作が、自律神経系を介した反射作用で患部への血流の増大などを起こすことを証明する研究結果は数多く存在する。臓器疾患に対するカイロプラクティック手技の好影響の多くも、同様の自律神経系の反射作用によって説明される可能性があると期待されているが、この分野の研究は未発達である。

 相当程度実証済みのものも、仮説の域を出ないものも取り混ぜて、カイロプラクティック機序の説明は上の他にも、まだまだ多くある。が、話を簡単にするため、とりあえずこの四つでいきましょう。いずれにせよ、カロプラクティックの治効は単一の機序によって逢せられるものではなく、さまざまな機序のすべてもしくは一部が同時に働いて、全体としてカイロプラクティック治療の効果を形づくると考えるのが最も合理的である。
 この四つのうち、カイロプラクティック操作の結果としてその2、その3などが起こったとすれば、それはサブラクセーションがあったことになる。ACAの定義に照らしても、関節近隣の筋スパズムも関節内部の癒着も立派なサブラクセーションであり、それを排除したのだからサブラクセーションを正にアジャスト、矯正したことになる。また、その1、その4が起こった場合には、存在していたサブラセーションがアジャストメントによって矯正されたという形にはなりにくい。この場合は、カイロプラクティック手技は特殊な反射作用を起動するためのツールとして使われたにすぎない。しかしこの場合でも、和痛などの効果は上がっているのだ。
 さて、先に述べたことを繰り返してみたい。サブラクセーションは、「ある場合もあるし、ない場合もある。また、ある場合はもちろんそれがカイロプラクティック手技の適応になるわけだが、ない場合でもカイロプラクティック手技は適応となりうる」。


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 1991年の厚生省の「脊椎原性疾患の施術に関する医学的研究」は、サブラクセーションを本態不明とする。そんなものないじゃないか、というわけだ。で、それに対してカイロプラクティック業界はいろいろと反論する。
 ある、ない、というレベルでやっている限り、これは永遠の水掛け論にしかならない。
● 参考文献
(1)鈴木裕視:試論「操体カイロ」の和痛機序と症例.マニピュレーション症例報告集,エンタブライズ,1994.
(2)W.H.Kirkaldy-Willis, M.A., M.D.,F.R, C.S., Managing Low Back Pain, Chuchill-Livingstone,1998.

(次号へつづく)