行くぞ、世界大会!
チャップマン−スミス氏来日
WFC(World Federation of Chiropractic)、世界カイロプラクティック連合の事務総長チャップマン−スミス氏が来日。9月22、23日の両日、それぞれ京都と東京で講演を行なった。テーマはもちろん、来年6月に迫ったWFCの東京大会についてである。“プロを頼むと費用がかさむ”ということで通訳を押しつけられ、筆者は23日に東京KKRホテルへ出向いた。
チャップマン−スミス氏はニュージーランド出身の弁護士で、現在はカナダのトロントに在住。あの『カイロプラクティック・レポート』の編集・発行責任者であり、業界内においては知る人ぞ知るビッグな方であられるから、これはもう業界の通例で、間違いなく真っ白な髭を豊かに生やした赤ら顔の大きな御老人、かと勝手に思いきや、さにあらず。むしろ小柄、七三にきっちり整髪した、バリバリの有能弁護士タイプである。48歳という実際の年齢よりも、さらにぐっと若く見える。
彼のメッセージを一言で要約すれば、世界大会とは何よりも政治的なデモンストレーションである、ということに尽きる。
その国(今回は日本)の参加者にとっては世界中のいろいろな人の話が聞けてうれしい、ということもあろう。事務関係の会議に出席するために世界中からやって来る側の人間からすれば、場所を提供してもらってアリガトウ、ということもあるでしょう。確かにそれらも世界大会開催の大きな意義であるが、そういう立派な集まりを主催する力と、そして世界的なコネクションが我々にはあるのだ、という“デモンストレーション(語勢がちょっと強くなり過ぎてしまうけれども、あえて訳せば「示威」ですね)としての大会の意義を決して忘れてはならない。香港やイギリスでは世界大会開催(香港92年、イギリス93年)直後にいずれもカイロの法制化に成功している。と、こういったことが氏の再三強調したテーマであった。
そうであってみれば、この世界大会、どういうふうにやればいいかは自ずと見えてくる。でっかい場所で、きらびやかな装置で、有名な人をたくさん呼んで、とにかく盛大にやりましょう盛大に。
場所は東京国際フォーラム。あちこちの世界大会に顔を出したが、ここ(東京国際フォーラム=千代田区丸の内)ほどの立派な場所は初めて見た。実に素晴らしい、まったく問題なし。
物はそろった、あとは人。というわけで、ゲストスピーカーとして東京世界大会を訪れることになっている人々の紹介。スイスから来るドボルザーク博士『Spine』(おそらく世界で最も著名な、脊椎研究を専門に行う学術誌)の次期編集長である。スウェーデンのニーグラン博士はケベック・タスク・フォース(以下QTF)発行のムチ打ち症の研究をまとめた人物である。QTFの研究を請け負った人たち中にデビッド・キャシディーという人がいて、彼はDCである。そのキャシディーもやって来る。しかも一番最初の演者であるから、決して、遅れてきて彼の話を開き逃すようなことのないように。
QTF
QTFのレポートというのは皆さんご存じないかもしれないが、有名なものなので日本の整形外科の医師たちはみんな知っているはずである。これによると急性期のムチ打ち症患者には固定や安静が処方されるべきではなく、早期からエクササイズと手技による治療が行われるべきである、ということになっている。QTFのような権威のあるレポートがそういう報告をしているという事実、そしてその作成を担当した研究者の中にカイロプラクターがいるということ、さらにその本人がやって来て話をするということ、いずれも非常に強力なデモンストレーションである。
というようなことで、チャップマン−スミス氏の講演会は、聴講者も100名ほど集まり、なかなかの盛り上がりを見せ、予想以上の成功であった。「何やらむずかしそう」「すぐ使えるテクニックを教えてくれるんじゃなきゃあ」などということで参加を見合わせた人は損をしたと思います、これは。
QTFというのは、カナダのケベック州労務局(Institute for Workers’Health and Safety of Quebec)が必要に応じて不定期に招集する研究者の集まりで、その任務は、機械的な原因による(内臓疾患やら感染症やらではない、ということ)疼痛を主訴とする症候群(首の痛み、腰痛など)の原因究明と合理的な治療法(安く早く治る方法)についての研究であり、その発行するレポートは世界的に高い評価を受けている。
もともとは、首の痛みや腰痛などの治療に対して支払われる保険医療費の高騰に危機感を抱いたケベック州政府が、何とかこれをもうちょっと安く抑えられないものだろうかと始めたものだ。それには、効果のない治療をやっているトコロには保険を支払わないことにするに限る。が、どんな治療法が効果があって、どんな治療法が効果がないのか、これがハッキリしないことにはどうしようもない。ひとつ人を集めて、そこらへんのところを研究して答申してもらおう。開業医相手に保険をくれてやる、やらない、という話をするための根拠になるわけだから、いいかげんな答申ではまずい。めいっぱい金をかけて、とにかく世界中から権威のある研究者を集めまくれ。と、こういう流れでできあがったのがQTFレポート。お金がからむと、とたんにいい仕事をし始めたりするのは人の常で、いいことではないですか、それはそれで。
そういうわけで、QTFに招聘されてレポートの編纂に携わるのは、アメリカ、カナダ、ヨーロッパなどからかき集められる選り抜きの専門家のみであり、そこに入っているキャシディーというのは確かにすごい人なのだ。チャップマン−スミス氏の言うことの繰り返しになるが、皆さん、世界大会に足をお運びでしたら、ぜひキャシディーのスピーチをお開き逃しなく。キャシディーによるカイロ論を手っ取り早く知るのに最適なのが、『Managing Low Back Pain』(Churchill Livingstone刊、Kirkaldy-Willis, Burton編)の第16章“Manipulation”である。ちょっとだけ予習してしまいましょう。
キャシディーのカイロ論
この16章は、『マニピュレーションとは何か』『マニピュレーションはいかに効果を現すか』『マニピュレーションの適応と禁忌』『マニピュレーションの臨床研究』『編集者のコメント』『結語』という6段構えになっている。
『マニピュレーションとは何か』(約1/2ページ)は言葉の定義づけである。関節可動域を自動的可動域、他動的可動域、副生理学的可動域の三つに分け、自動・他動的可動域内のみで行われる手技をモビリゼーション、副生理学的可動域にまで踏み込むものをマニピュレーション、とする。副生理学的可動域というのは関節がポキッと鳴った後に得られる、関節のより広く新しい可動域である。つまり、カイロ手技イコールマニピュレーション、ということである。
『マニピュレーションはいかに効果を現すか』(約7ページ)はメインとなるセクションで、カイロ手技のあのポキンという音はどうやって起きるのか、それが起こることがどういうわけで近隣の軟部組織の痛みを軽減したり、関節の動きを回復したりするのか、さらにその知見から考察して、マニピュレーションによって脊椎すべり症、椎間板ヘルニア、神経圧迫などを治療することはできるか、できるとすればどういう仕組みに基づいてなのか、などということが議論されている。
『マニピュレーションの適応と禁忌』(約1/2ページ)ではその議論をそのまま受けて、結局、何に効いて何に効かないのか、ということをまとめたかたちになっている。
この詳細については前々回の小欄(『サブラクセーション・ワンダーランド』)の後半部分を参照されたい。そのときに触れられなかったことで今回ぜひ指摘しておきたいことは、キャシディーがマニピュレーションという場合、そこには既に、リスティングもサブラクセーションもフィクセーションも一切存在しない。彼の書くもののどこを探しても、それらの言葉すら見つけることができない、ということである。キャシディーがカイロプラクターなのも、彼がQTFのメンバーであるのも、QTFが彼の意見どおり「マニピュレーション」を有効と認めたのも、すべて事実であるが、だからといって「QTFがカイロを認めた!」などと目を輝かせて言っているのでは間抜けなことになる。QTFが有効性を認めたのは、あくまでキャシディーがいうようなマニピュレーションであって、そのマニピュレーションとは上に述べた性質のものなのである。実はこれは、最近、業界内の一部の巷をにぎわせているランド・レポートや、その他の同様の研究報告にも共通していえることである。
と、そんなようなことが実は『マニピュレーションの臨床研究』の項でも述べられていて、カイロに限らず、およそいかなる治療法・治療術であっても、その有効性を担保されるためには、これこれこういった要件を満たした実験によらなくてはダメである、などということが説明される。さすがにこのへんの洞察には術者(カイロプラクター)ではなくて研究者(ドクター)としてのキャシディーの面目躍如たるものがあり、QTFが彼に白羽の矢を立てたのもうなずける。
『編集者のコメント』というのがまた面白くて、この章をキャシディーと共同で書いた人が何人かいて、みんながみんなすべてのテーマについて意見が一致しているわけではないなどということが記してある。例えば椎間板ヘルニアのマニピュレーションによる治療については、バートンはもう少し慎重にすべきだと感じているが、キャシディーとカーカルディ−ウィリスはより積極的にこれをやってしまうべきだと思っている、などというもの。ちょうど、裁判の判決文に付いてくる裁判官の少数意見についての補足説明みたいなものですな。
とまれ、WFCの世界大会というのはそういうものである、と認識して参加すると、より効果的に元が取れるのではなかろうか。つまり、キャシディーもドボルザークも、その他いろんな有名な人たちがたくさん来てくれるのであるが、彼らは何もすべてのカイロプラクターの味方ではない。世の中でカイロプラクティックを名乗っているもののすべてについて好意的に語るために、わざわざ海を越えてやって来てくれるわけではないのである。
追記『Managing Low Back Pain」はエンタプライズで販売されているようです。宣伝ではなく申し添えておきましょう。