頚椎神経根症の手技治療
頚椎神経根症
頚椎神経根症の患者に久しぶりにてこずった。てこずりついでに、同症の手技療法についての最近の文献を調べてみた。『回旋マニピュレーションによる神経根症の治療:スラストの方向の重要性についての考察』(1)によると……。
頚椎神経根症とは、頚部の神経根刺激もしくは圧迫によって引き起こされる、上肢の痛みおよび神経学的欠損と定義される。カイロプラクティック的手技によって改善できるとされる疾患の、代表的なものの一つではある。
米国の統計では、毎年10万人に100人ほど、つまり1,000人に1人ほどの割合で発生。最も頻発する年齢層は50〜54歳。喫煙者に多い。典型的な原因は、椎間板ヘルニア(21.9%)、脊椎症と椎間板膨隆併発(68.4%)など。この場合の脊椎症とは、骨棘が椎間孔を狭めている状態をいう。椎間板ヘルニアの最好発レベルはC6-7であり、その際に影響を受けるのはC7神経根である。
症状の発生は潜行性であるか、もしくは軽微な外傷の後に徐々に自覚されるケースが多い。大きな外傷や肉体疲労などが発症に先立つケースは、全体の15%に過ぎない。おもしろいことに、頚椎神経根症患者の41%もが腰椎の神経根症の既往があるという。痛みは原因のある側(患側)の上肢において顕著であり、頚部および肩甲骨内側部分にまで至ることがある。が、時として頚部の痛みはごく軽微もしくは皆無であることもある。
通常、頚椎の動きが痛みをともない制限される。しかし、頚部痛が軽微もしくは皆無である患者については、頚椎の可動性は制限を受けず痛みもない。上肢の腱反射、感覚、筋力などは低下する。バルサルバ・テスト、頚椎圧迫テスト、頚椎の触診などが陽性を示す。頚椎の牽引や、患側上肢の過外転(肩の高さより上への外転)によって症状は一時的に軽減する。
さて筆者の患者である。43歳、男性、デスクワークを主な仕事とする。発症の契機は緩慢で、いわゆる思い当たるフシはなし。頚部の痛みなし。頚椎可動性はすべて正常であるが、伸展と左側屈を組み合わせた位置に頚椎をおくことによってのみ右上肢全体に「しびれ」が出る。これだけが気になます、何とかなりませんでしょうか、とのこと。ごく軽い頚椎神経根症といってよいと思われた。
シビレから逃げるように
『回旋マニピュレーション――』では、頚椎神経根症と診断された8人の患者について、頚椎の回旋マニピュレーションを中心とした治療を行なった結果を報告している。その概要をまとめたのが別表。この8例はいずれもMRIなどによって椎間板ヘルニアもしくは脊椎症が確認された後に治療に入ったケースである。トリガーポイントからの関連痛を神経根症と誤診するケースは現実には非常に多いのであるが、その可能性は排除さているわけで、こういったところはやはりリサーチの本場、うらやましい環境である。
患者@からEまではいずれも似たような経過をたどっている。反患側(神経根症状の出ているのと反対の側)に頚椎を回旋させるカイロプラクティック操作で、程度の差こそあれ、いずれも症状の改善をみている。
FとGのみが症状の悪化をきたしており、これらはいずれも患側に頚椎を回旋させた場合であった。しかもいずれとも、最初は反患側の操作を行なっていたところ、2〜3回の治療の後にまったく症状の改善が見られなかった。それで今度は患側に頚椎を操作してみたところ、その直後から症状が悪化し、結果的に手術が必要になってしまっという、アチャーなケースである。
さらに『回旋マニピュレーション――』の著者たちは、過去に行われた同様のリサーチやケースレポートの著者に連絡を取り、実際には患側、反患例のいずれの方向に操作が行われたのかについて確認した。結果は今回の研究結果を裏づけるようなものであった。やり症状の改善をみたケースにおいて使われていたのは、いずれも反患側の手技、すなわち腕のシビレから逃げるような方向への操作であった。右の腕がしびれていれば、左に首をねじればよいわけである。
我かく戦えり
サイモンズが行なったリサーチによると、いわゆるペイン・クリニックにおける患者の85%までのケースにおいて、トリガーポイントが痛みの主たる原因であったという(2)。とにかくトリガーポイントを押しつぶし続けていれば9割がたの患者は治る、というに等しい。実はこれは臨床的な直感からもうなずける数字で、当然、神経根症様の症状を呈する患者についても、まずはトリガーポイント治療を試すことになる。肩付近および頚部の筋中に発生したトリガーポイントが、上肢に関連痛を引き起こしている可能性が高いからである。
筆者の患者に戻る。トリガーポイントを虚血圧迫で抑制する努力がまるで実らず、患者はよくならない。トリガーポイント的要素が極めて少ない、純粋なかたちに近い頚椎の神経根症と思われた。冒頭に「てこずった」と述べたのは、この意味である。現実には、神経根症のように見える症状も、そのあらかたはトリガーポイントである。スプレーアンドストレッチか虚血押圧でも使って対処しているうちに、その大部分は治ってしまうものだ。
ということで、今度は両方向の回旋マニピュレーションにて3回ほど様子をみるが、芳しい効果が得られない。はらをくくって左のみの回旋操作(しびれは右だからこれは反患側)に切り替える。1回、2回、やはり症状に変化なし。3回目を行なったあと2日ほどで、やっとではあるが、しかし加速度的に症状が消失。
人の体はロボットではないから、大方の疾病は放っておいても自然によくなる。筆者の患者にせよ、『回旋マニピュレーション――』の患者@〜Eにせよ、どれだけマニピュレーションのおかげで治り、どれだけ勝手に治ったものやら、正確な見当はつけがたい。その点は『回旋マニピュレーション――』の著者もしっかりと注記している。
が、それにしても、この論文の結論と筆者の臨床例とを重ね合わせてみるに、やはり神経根症には反患側への回旋カイロプラクティック手技がよい、と一応結論づけておいていいのではなかろうか。また、息側への回旋は危険である、と加えてもいいかもしれない。幸いにして今回筆者が経験したケースでは、もともと状態がそう悪くなかったともあり、患側への回旋も症状を悪化させるには至らなかったが。
右?左?
首が痛くて腕がしびれる場合、しびれの側、その反対側、いったいどちらに首をひねればよいものだろう。
ニュージーランドの理学療法士ロビン・マッケンジーは、『回旋マニピュレーション――』とはほぼ反対のことを言っている。つまり、頚椎神経根症の回旋操作は患側に行う方がよい、と(3)。だが、その根拠というのが基本的には「自らの経験による」ということになっていて、いささか説得力に乏しいのである。
フランスの整形外科医ロバート・メインは、神経根症状が現れる側の左右をあえて問わない。頚椎の動作テストによって症状の悪化する方向を見つけ、マニピュレーションはあくまでこれと反対方向に行うべしとする(4)。つまりマニピュレーションは痛くない方向に、痛くない方向にと行うわけで、これがメインの無痛・反対方向の原則である。
『回旋マニピュレーション――』に登場する患者の@からCまでは、患側への頚椎の回旋動作テストによって頚部痛もしくは神経根症状の悪化をみた。だから、反患側に回旋マニピュレーションを行なったのは、結果的にメインの原則にも則ったことだったわけである。しかし、患者DからGについては、そして筆者の患者についても、頚椎の左右回旋動作テストと症状の増減との聞には因果関係を見て取ることができなかった(これは上の表中には示されていない。論文本文中の詳細である)。こうなった場合(そして現実にはこういう場合が得てして多いのであるが)、メインの原則は困ってしまう。
で、ここはひとつ思い切って、頚椎の神経根症を回旋マニピュレーションで治療する場合は、とにかく反患側に操作を行うこと、あるいはそれを原則とすること、と決めつけてみてもいいんではなかろうか、というのが『回旋マニピュレーション』論文の結論であり、提案でもある。
カイロプラクティック論文の不思議
数ある神経根症がらみのリサーチの中で『回旋マニピュレーション――』論文が特に筆者の目にとまったのには訳がある。これがカイロプラクティック手技を左右どちらの方向に行うべきか、というテーマを正面から扱っていたからである。こんな初歩的というか、あたりまえのようなことを、しかし、ちゃんと取り上げた研究というのは、実は、今までほとんどなかったのである。
今日までに積み上げられてきている、カイロプラクティック手技の有効性を示す多くの研究のほとんどすべてについて、具体的にどのような手技操作が行われたのかについては不明確である。昨年6月に東京で開催されたカイロプラクティック世界大会の基調講演となったケベック・タスクフォース・レポートにても例外ではない。このレポートは、経験を積んだカイロプラクターのもとに通い、カイロプラクティック手技による治療のみを「適宜」受けた患者群と、物療、コルセットによる固定、その他の治療を受けた患者群とを比較した。その結果、カイロプラクティック治療を受けた患者群が平均して最も早く職場復帰を遂げた、と言っているだけのものである。
ひとくちにカイロプラクティック治療といっても、どこの誰先生の何式カイロをどういうふうに受けたのか、というところまではわからない。とりあえず、経験浅からぬプロのカイロプラククーのHVLA(=High Velosity Low Amptitude=高速低幅)手技操作を頚椎に受けた、というにとどまるのである。HVLA操作というからには、椎間関節のキャビテーション(すなわちクラッキング、ボキボキ)をともなう操作、いわゆるカイロプラクティック手技操作なのであろうことまでは想像がつく。が、そこから先の想像はさっぱりつかない。
キャビテーションの発生のさせ方にもいろいろある。回旋型の手技ひとつとっても、その方向は患側なのか反患側なのか、あるいは両方か、またあるいは何か別の基準(メインの無痛・反対方向の原則、メリック・システム、筋力検査、SOTカテゴリーなどなど)によるのか。
学術論文なんか読んでも治療の役には立たないサ、などと多くの業界人が開き直ってしまうのは、ことカイロプラクティックについてはまったく無理もないことだったのだ。過去、カイロプラクティックの有効性を実証するものとしては、多くの学術論文が話題になってきた。が、それらの論文を、どういうやり方で治療をすれば患者が治るのだろう、などというプラクティカルな動機で読めば、必ずガッカリすることになっている。論文中には、どこで、どういった環境で、何人の患者を対象として、どういう統計処理を行なって、などということが延々と続く。しかし、肝心のカイロプラクティック治療の中身ということになるとせいぜいで上述のごとく、すなわち、HVLA手技操作を行なった、という程度なのである。
『回旋マニピュレーション――』の著者たちは、頚椎神経根症のマニピュレーション治療を扱った他のリサーチの著者たちに「個人的に連絡をとって」、実際に行われたマニピュレーション操作の右左を尋ねたという。これは、考えてみれば実におかしなことである。いやしくも手技療法の有効性を検証する研究論文において、手技操作のねじりの左右などという重要なインフォメーションが欠落しているというのだから。
リサーチ新時代
今までのカイロプラクティック研究は、とにかくカイロプラクティック治療に行くのがメリットのあることだということを立証するのに汲々としてきたので、それはそれで無理のないことではあった。本場米国でもカイロプラクティックは非科学的インチキ治療としてずいぶんいじめられてきたので、今でもそれは完全にやんでいるわけではない。
カイロプラクティックを勉強に米国に入国したときのことを思い出す。筆者のビザはF1つまり学生ビザである。学生は学生でもどういう学位を目指すのかいう欄があり、そこにはまぎれもなく“doctorate(博士)”と書いてある。少々いい気になって、どうだ参ったかと入国審査の中年の白人おじさんにビザを提示すると、
「何の博士か」と開く。
「カイロプラクティックだ」と答えると、
「人さまの骨を折りに行くわけだな」とニヤリ。
いかんねー、おじさん、向学心に燃える無垢な若者の頭に冷水かぶせるような、そういう言い方は。これがほんの8年ほど前の話。今でも何も変わってはいないはずだ。あっちでも状況はそのレベル。皆さんにおかれましては、カイロプラクティックというものについて、あんまり真っ赤なバラ色の夢は抱かないほうがいい。
が、にもかかわらず、です。気落ちすることはまったくありません。『回旋マニピュレーション――』のようなリサーチが出てきているのです、最近は。これは大きな変化で、進歩です。興味深く読めるでしょ、『回旋マニピュレーション――』。そんなにむずかしくもないし。リサーチって面白そうでしょ。例えば、この論文の言っていることを読者が実地に試してみて、その結果を紙に書きとめて筆者のところにでも送ってくれたら、それはもう立派なクリニカル・リサーチ、臨床研究ですよ。
そりゃ、いまさら右か左かなんて話を大まじめにしなきゃならないというのも、ちょっと間抜けな気がして嫌になる、というのはよくわかります。もう少し、美しい、何かこうスゴそうな、それらしい、そういう飛び道具にドップリ頼りたくなる気持ちもわかります。でも、ほれ、言うじゃないですか。
「ヒロイズムは存在しない。もしあるとすれば、それは現実を直視し、しかもそれを愛することだ」って。
ロマン・ロランという人の言葉らしいです。これ。
(1)Hubka MJ, Shawn PP, Delane PM, Robertson VL.
Rotary Manipulation for Cervical Radiculopathy: Observations on the Importance of the Direction Of the Thrust. J Manipulative Physiol Ther 1997;20:622-627
(2)Simons D. Myofascial pain syndromes of head, neck and low back. In: Dubner R, Geghart G, Bond M, editors. Proceedings of the 5th World Congress On Pain, 1987, Hanburg, Germany. New York: Elsevier; 1988. P.186-200.
(3)McKenzie RA. The Cervical and Thoracic Spine. Spinal Publications, Waikanae, New Zealand, 1990.
(4)Maigne R. Diagnosis and Treatment of Pain of Vertebral Origin. Williams&Wilkins, 1996.