ギックリ腰のアンドロイドは電気猫の夢を見るか

キャット・エクササイズ

 キャット・エクササイズというやつに最近凝っている。下の図のとおり、猫のように四つん這いになって行う体操である。これが腰痛にヤケに効く。腰に不安のある治療家はぜひ自分でお試しあれ。
キャットエクササイズ
 両手、両足を肩幅ほどに開き、@おなかを落として腰椎を伸展させる(左図)、Aおなかを持ち上げて腰椎を屈曲させる(右図)、B上半身を左右それぞれに側屈させる、という動作を行う。これだけである。側屈の際は、例えば左側屈(腰椎は右凸になる)の場合は、右肘は突っ張ったままで左肘をやや曲げ、側屈という感じではなく、右肩を頭方に引き上げ、右腰を足方に押し下げる感じである。
 伸展、屈曲、左右の側屈、それぞれの位置で5〜10秒間ほど静止する。全部のポーズを連続して行なったとしても30秒〜1分ほどで1セットが終わるから手軽である。順番は別にどうでもかまわないが、とにかく四つのポーズ全部を行うこと。屈曲と伸展を交互に3往復ぐらいした後で側屈に移ってもよいし、側屈の方も何往復か繰り返してもよい。
 これらの運動は、それぞれ、それなりの気持ちよさを伴うはずである。伸展では「せぼね」あるいは「ふっきん」が、屈曲では「はいきん」が、側屈では動作の側と反対側の「わきばら」と「こし」が、伸びたような感じで気持ちがよい。この気持ちよいという感覚があって、それをもっと味わいたくてやるというなら、何度でも同じ動作を反復してもよい。が、一応、屈曲の後には伸展を、伸展の後には屈曲を行うように、また右側屈の後には左側屈、左側屈の後には右側屈を行うようにしよう。つまりは、なるべくまんべんなく動かしましょうということだ。
 ここで唯一の例外。やることによって「痛い」と感じる動きは決して行わないこと。例えば屈曲が痛いのであれば(ギックリ腰をすでにやってしまった場合などでは屈曲が痛い場合が多い)これを行わず、伸展のみを単発、もしくは連続して行なって、後に側屈を行う。以上をまとめると、「すべての動きを行いましょう。ただし、痛い方向は除く」とぃうことである。痛いのが屈曲であるということは、その反対方向である伸展が「ユガミを整復する」方向ですね。なら別に側屈などはやる必要はないでしよう、そのぶん伸展だけ熱心にやっておればいいでしょう、というふうに、操体法あるいはマッケンジー療法的にはならないのだ。痛みがない限り、とにかくあらゆる方向に動かしまくる、というのがキャット・エクササイズ流なのである。
 これを、最近の筆者は1日最低2セット(朝一番と就寝前)、また腰が「不穏な」感じのときにはいつでもどこも即座に行う。面白いのは、その場でメチャクチャ効くという感じはむしろしないこと。まあ、それをいえば本来エクササイズというものは、その場というよりは後になって効いてくる性質のものではある。それにしてもこのキャット・エクササイズ、他の体操法と比べても、やった直後はどうもそれほどピンとこない場合が多い。が、一晩おくと、てきめんに差が出てくる。これが面白い。

夜が怖い

 急性腰痛の予後とは不思議なものである。ギクッとやった拍子にばったり倒れて動けなくなるというケースはむしろ少ない。「あ、まずいな、何か腰がいかんな−」と思って寝て、起きた翌朝あたりが一番つらい、という万が一般的である。
 大川カイロプラクティック・センター、スタッフの楠(くすのき)は、以前に勤めていた全社の新入社員研修で自衛隊に体験入隊させられ、25kgの荷物を背負わされて一晩中、山野を行軍し、いやー、腰がパンパンになっちゃった。疲れたし、今夜はよく眠れそうだ、などと一晩熟睡したのが運のつき、翌朝から始まった腰の激痛のために丸2日間は寝たきりということにあいなった。
 かくいう筆者の最悪腰痛体験は、忘れもしない4年前。朝、起きぬけに、生まれたばかりの娘をフロアの高さから抱き上げた拍子に、パツンと本当に音がしたのじゃなかろうかというぐらいの衝撃が腰に走り、もうその瞬間、それまでの経験に慣らして、以後数日は立てないだろうと観念した。が、これも痛いながらもその日1日は何とか動けるのだ。しかし案の定、翌朝はひどいものだった。なにしろ仰向けのまま首を5°ほど回旋させようとするだけで、背中から腰にかけてまさに電気が走るような痛みが襲う。20分ほどもかけて這ってトイレにたどり着いた時には、うれしいのと情けないのとで涙が出た。
 そういったようなことで、腰痛も筆者ほどの大ベテランになれば、やってしまった際は寝るのが怖い。もちろん寝ること自体は腰を楽にしてくれるからよい。しかし、しばらく寝てしまって、後で起きたときの痛みが怖いのである。思い切って深夜番組でも見ながら寝ずに夜を明かしたろうか、とさえ思う。
 腰痛を扱うどの専門書にも書いてある。急性期においてはとりあえず安静にしなさい、と。その際には仰向けに寝て、少し両膝を曲げて立てるようにするとよい、と。これを腰痛のrelieve position和痛位)という。たしかにそういう格好で寝ていると一番楽である。が、とりあえず楽であるその姿勢を続けることが、次に起き上がった際の腰痛の度合いを増す原因になっているように思われる。矛盾しているといえる。いったいどうしてこのようなことになるのだろう。

ディスアファレンテーション−求心性神経入力不全

これには、最近、米国カイロプラクティック界の一部を席巻しているディスアファレンテーション(Dysafferentation)という考え方が有力なヒントを与えてくれる(*1)。Dysafferentationと医学辞書で引いてみても、ごく新しい概念なので載ってはいない。むりや訳せば「求心性神経入力不全」とでもなろうか。そしてこれは「(カイロプラクティック・サブラクセーションによって生じる)侵害刺激の入力の増大と、圧・動き刺激の入力の減少」と定義される。
 加齢に伴い、人の椎間関節付近では筋肉も靭帯も椎間板も水分含有量が減り、柔軟性を失ってくる。柔軟性を失った軟部組織は、常のなんてことない動作などによって損傷してしまう。すると、その軟部組織の損傷およびそれに伴う炎症が、侵害刺激を求心性神経に入力してくる。これを脳が痛みとして認識する。痛ければ動きたくなくなり、和痛位などとって寝ていたりする。結果、受傷部位付近の椎間関節が不動化する。すると当該部位付近の筋群が、硬化や短縮などといった機能的な変性をとげる。これがまた関節の不動化に拍車をかける。そうこうしているうちに、そういった筋群にはトリガーポイントや筋スパズム(不随意の筋収縮)なんぞも発生したりする。
 もともとの損傷からくる物理的な痛み、それに伴う炎症からくる化学的な痛み、さらにはトリガーポイントからくる痛み。これらはすべて「侵害刺激の入力の増大」に寄与する。
 さて、脊椎付近の組織への侵害刺激の増大は、それそのものが痛みとして大脳皮質に認識されるのとはまた別のルートで、視床下部と延髄を刺激する。視床下部、延髄へのこの異常な刺激は、発汗、蒼白、吐き気、嘔吐、腹痛、鼻づまり、呼吸困難、動悸、心臓病様の胸の痛みなどの、一般に臓器疾患の兆候と考えられることの多い様々な症状を引き起こすことが知られている。
 脊椎付近への侵害刺激が上のような臓器疾患様の症状を引き起こすことを初めて明らかにしたのは、1954年フェインスタインという人を中心とするグループが発表した研究だった。高張食塩水(刺激物)を棘間靭帯や傍脊柱筋群に注射すると、上のような症状に加えて徐拍や失神といった症状までもが引き起こされ、彼らはこれを自律神経性付属症状(autonomic concomitants)などと呼んだ。
 また、関節の不動化は、当然、当該位付近の組織からの圧・動き刺激の入力の減少をもたらす。このことは二つの意味で問題になる。
 一つには、適正な圧・動き刺激の入力は侵害刺激を脊髄レベルで抑圧するものであるということ。いわゆるゲートコントロール。ただでさえ侵害刺激が増しているところへもってきて、それを抑える役目を担う圧・動き刺激が入ってこないのでは、痛みは増すばかりである。
 もう一つの、そしておそらくより重要な点は以下のような事情である。圧・動き受容器に連なる神経線維は直接、間接に脊髄、脳幹、小脳、視床、大脳皮質中の核に終わる。平衡感覚(equilibrium)、固有受容(proprioception、自分の体の位置や姿勢についての認識)、随意運動(motor control)などは、これらの神経線維からの情報入力が適正に統合された結果として初めて機能するものである。当然、圧・動き刺激の入力の減少は、これらの機能を混乱させる。平衡感覚が狂えば体はふらつき、固有受容が狂えばめまいを覚え、随意運動がうまくできなきゃ、「先生、最近、手がふるえたりするんです」などと訴えたりするわけだ。そりゃそうでしょう。「怖くなって病院に行ったんですけど、何でもないって言われちゃうんです」それもそうでしょう。
 過剰な侵害刺激と、過少な圧・動き刺激。かくしてこのコンビネーションで痛みは増すし、筋肉はスパズムを起こすし、うまく動けなくて仕事に支障をきすわ、そのうち吐き気なんかもしてくるわで、どうしようもなくなってくる。これがカイロプラクティックでいうところのサブラクセーション症候群の正体。背骨をいじるだけで吐き気がおさまったりするのもむべなるかな。これがアチラの最新の流行、ディスアファレンテーション理論である。

猫が効くわけ

 ディスアファレンテーション理論を援用すれば、急性腰痛が睡眠後に悪化することには容易に説明がつく。寝ていて動かないわけであるから、その間に圧・動き刺激の入力減少がより顕著になり、上に述べたような一連の現象が進行するのである。じゃあ、ギックリ腰をやってしまった場合にはどうすればいいのかというと、ズバリ、動かせばよいということになる。
 ギックリ腰とはすでに何らかの脊椎損傷をやってしまっている状態なのだから、これからくる侵害刺激についてはいたしかたない。スリ傷や切り傷と同じである。とりあえず、くっついてくるのを待つしかない。また、通常、このもともとの損傷からくる痛みそののは、人の生活に支障をもたらすほど大したものではない場合がほとんどである。
 いったんギックリ腰をやってしまったのであれば、ディスアファレンテーションによって生じる、あの腰痛特有のつらい状態にこれを進行させないようにするのが最善であり、かつ十分な策であるということになる。そのためにはドンドン腰を動かして、圧・動き刺激をドンドン入力することである。これによって侵害刺激の上行は抑制され、スパズムやトリガーポイントの発生を予防することができる。
 し、か、し、だ。その動きによって、すでに発生している脊椎付近の軟部組織の損傷を悪化させてしまっては元も子もない。ここが実は、手技療法家にとっての、名人とヤブの別れ道になる。
 「触れるだけ」とかいう特殊なやつを除けば、およそありとあらゆる手技療法家は患者の体を動かしているのだ、いろいろな方法で。そして、これはディスアファレンテーション的に考えればいいことなのであって、だから患者が治ったりするわけだ。だが、下手な治療家にあたると、腰痛などはしばしば悪化する。これは元々の損傷を悪化させてしまった、ちぎれかかっているものをちぎってしまった結果である。
 それで例のキャット・エクササイズである。なぜこれがそんなに優れているといえるのか。
 まず、四つ足になるということである。背骨を横に寝かせるわけであるから、背骨、特に腰椎は上半身の重みを支えるという重労働から解放される。この姿勢からの四つの動きは圧・動き刺激を入力することになり、しかも、損傷を拡大する可能性はほとんどない。この点、立位で行うエクササイズは、上半身の動きに伴ってほぼ必ず、相応の負荷を腰部にかけるから危険である。
 背骨を横に寝かせて負担を少なくした状態でのエクササイズであっても、損傷を悪化させることが考えられないではない。が、これは例の「痛い方向は避ける」というルールによって避けられているのである。
 動きを「痛みの方向」(いわゆる逆療法一般)、「痛みと反対の方向」(操体やマッケンジー・セラピー)などに限定せずに、「痛くない限りあらゆる方向」したのも、ディスアファレンテーション理論に照らせば、アバウトなようでいてむしろ合理的なのである。
 さらに、四つの方向への動きは腰部の筋群をストレッチする。これは、圧・動き刺激の入力とはまた別に、直接、当該筋群にスパズムやトリガーポイントが発生することを予防することになる。これもいい。

カイロプラクティックの出番

 ここでカイロプラクティック・アジャストメントの出番について考えてみよう。急性腰痛などの場合には、やはり避けるべきであろう。患者が痛みを感じる方向へはもちろんのこと、その反対方向についても細心の注意が払われるべきである。
 筆者ならやらない。カイロプラクティック手技は強力な圧・動き刺激の入力方法であろうが、唯一のというわけではない。多少の時間と手間をかければ、例えばキャット・エクササイズなどによって、十分な刺激入力は可能であろうと思われる。
 急性期を脱し、もともとの損傷は十分にくっついたと考えられる段階で、なお腰痛が残存するようなケース。このような際にはカイロプラクティック手技は非常に大きな効果をもたらし、かつ安全である。手技の方向についてはキャット・エクササイズにおいてのルールと同様でよいと思う。すなわち、「痛くない限りあらゆる方向へ」である。
 カイロプラクティックはもともとは予防医学として生まれた、とはよく言われることである。ディスアファレンテーション理論に基づいて改めて考察してみても、実際そうであるべきであるという感を強く持つ。
 思い出していただきたい。背骨付近の軟部組織の損傷は、日常の何げない動作の中で生じてしまう。これは、常日頃から患者が当該部位を動かさず、その結果として水分含有量の低下、柔軟性の低下などが起こっているからである。であれば、腰痛などの予防の本道の一つは、背骨を動かすことでしょう。
 エクササイズなどによっで本人が自発的に動くのもよいだろうが、誰もがそう勤勉にこれを継続できるわけでない。だったら我々カイロプラクターが「動かし屋」として活躍してやってもよいではないか。

*1 Seaman D. Joint Complex Dysfunction, A Novel Term to Replace Subluxation Complex:Etiological and Treatment Considerations. J, Manipulative Physiol, Ther 1997;20:634-44.