私が治す!

再びディスアファレンテーション理論

 前回はディスアファレンテーション(Dysaffarentation)理論について述べた。軟部組織の軽い損傷が侵害刺激を増大させ、圧・動き刺激を減少させる。この求心性神経伝達のアンバランスによって、さまざまな症状が引き起こされる。さまざまな症状とは何かというと、痛みの異常な継続であったり、めまいや吐き気などといった、痛みとは直接関係ないように見える症状の発現であったりする。詳細は前号の拙文を参照いただきたい。
 で、ついでにこれに絡んでもう一つ、面白いお話を開陳する。ディスアファレンテーション理論の精神医学への応用、ということになるだろう、やはり。

小脳

 小脳は全身からの求心性の刺激、つまり感覚刺激の一大集散地である。これらの刺激の情報は一部は加工されて、また一部は生に近い状態で大脳に伝えられる。さらにまた一部は、小脳によって独自の処理を施される。手をたたかれて「イテッ」と誰もが感じるのは、小脳から伝えられた(小脳をほぼ素通りした)求心性の刺激が大脳皮質に伝わったからであり、これに応じて大脳皮質は「このままでは痛いから手を引っ込めよう」と判断することも、実際に手を引っ込めさせる命令を下すこともできる。
 かたや、我々が「右脚を出した後は左脚を出して」などと大脳皮質で考えたり命令を出したりしなくても、ほんど自動操縦状態で歩いたり走ったりできるのは、小脳が体から送られてくる求心性の情報を独自に処理して、遠心性の命令を出し続けてくれるからである。
 接地にともなって足の裏が押される刺激、その際の脚のあちこちの筋肉の伸び具合や縮み具合、などなどを伝える刺激、これらすべてを総合的に分析して、今現在どこの筋肉にどの程度の収縮を与えればよいかという判断を行い続け、命令を出し乾けるのが小脳である。

ロボトミー

 ヒース(Heath)という人が1970年代に行なった実験がある。その名も「脳ペースメーカーによる感情の制御」というものである(*1)。脳に電気仕掛けの刺激棒を埋め込んで精神病患者を治療するという、チョット聞きは何やらSF仕立てっぽいものである。ここで映『トータル・リコール』を、あるいは『カツコーの巣の上で』までをも連想してしまったとしたら、読者は相当の通(ツウ)である。さて、どういうものだつたのか、このースの実験。
 さまざまな感情表出に関わる大脳中の個々の部分は、感覚刺激を受容する小脳の個々の部分と、解剖学的および機能的に密接な関連を持つ。小脳の虫部/室頂核からの遠心性の神経路は、大脳視床下部の中隔核および大脳皮質内側扁桃体の快楽中枢を刺激し、同時に海馬および後側方扁桃体中に存在する否定的感の中枢の活動を抑制することが知られている。
 ヒースは小脳虫部に電極を埋め込んでこの部分を刺激することによって、大脳の快楽中枢を刺激(肯定的な感情の発生)し、否定的感情の中枢を抑制し、これによって精神病の患者を治寮しようとしたのである。直径2mmの電極が小脳虫部に埋め込まれ、定期的に電刺激が与えられた。
 この方法は11人の、それぞれ少なくとも2名以上の医師から治療不能と宣言された構神病患者に対して行われた。うち4人はいわゆる狂暴性の点者(2人は脳に器質的な障害を持つ)であり、5人は精神分裂症、2人は生涯にわたる神経症患者であった。治療後、11人のうち実に10人までが退院し、小脳の電気的刺激以外は何の治療も受けずに社会生活を営んでいる、という。本当であればスゴイ。

体が動くと心が治る

 で、このヒースの研究はカイロプラクターにとって重要なのである、とのたまうのが、誰あろう、ナショナル・カイロプラクティック大の学長、J.ウィンタースタインである(*2)。なぜなら小脳虫部に存在する神経細胞は、脊髄のすべてのレベルから圧・動き刺激を受けているからである。
 脊椎からのディスアファレンテーションとはすなわち、侵害刺激の亢進にともなう圧・動き刺激の減少である。身体からの圧・動き刺激によって小脳虫部/室頂核が興奮し、これが快楽中枢を刺激し、否定的感情の発生を抑制するという話には、とりあえずの説得力がある。
 ありとあらゆる作業療法は、あるいは日本独自の精神療法である森田療法なども、勤労つまりは肉体的な運動を行うことによって精神の疾患を治療しようという試みであり、これらは多くの実績をあげてもきている。
 ひところ世間を騒がせた(最近また公判のニュースで少しテレビで見かけた)戸塚宏氏のヨットスクールなども基本は同じである。下手すると死ぬかもしれないという、いわゆる極限状態に身を置くことによって、小脳を含む「脳幹を鍛える」のがあの「治療法」の眼目であり、情緒不安定児の更正に目覚ましい実演を上げたのは否定できない事実である。
 が、これらの方法がなぜ効くのかについての、人が納得するような説明は行われずにきた。ゆえに森田療法などは、精神医学の主流からはうとましげな目で見られることも多かった。戸塚氏なんか捕まってしまった。
 ディスアファレンテーションという考え方を通してみると、ここらへんが非常にスッキリする、とまでは言わないまでも、一条の光が見えてくるのだ。圧・動き刺激の減少は小脳虫部/室頂核の興奮レベルの低下、そしで快楽中枢の興奮レベルの低下および否定的感情の抑圧不全というふうにつながってゆくと言うことができる。
 だいたい、身体を動かせばなんとなく気が晴れるというのは誰にでもピンとくる。当たり前といえば当たり前だ。が、「当たり前だろっ」じゃ話が先に進まないのが自然科学でもある。

カイロプラクティックは心を癒すか

 「関節複合体機能不全(joint complex dysfunction)によって引き起こされるディスアファレンテーション現象が精神病の原因であるとは言い切れない。しかし、その方面において興味深いテーマが存在することは明らかでありここれは研究に値することである」とウィンタースタイン。「言い切れない」というが、そりゃそうだ。そんなものが言い切れてしまったら大変なことだ。精神科の仕事は我々カイロプラクターが代わってこれを行うべきであるということになってしまう。ぼくは、そういう立場にいると、自分で自分のことを思わない。
 が、臨床をやっていると、精神科の診断(鬱病、強迫神経症、チック症などが最も一般的か)をもらった上で来院するペイシャントは少なくない。自分が、彼ら彼女らの助けになることができたら、とも思う。そして、それはある限度内で不可能ではない。これがウィンタースタイン学長の語りかけであろうか。
 過去、精神病をカイロプラクティックで治癒したと主張する人は多くいた。今でもいる。だが、そういった主張は「ダウン症を治した」などという話と同列に見られ、嘲弄の的になるのがオチであってきた。また、このディスアファレンテーション理論をもってしても、将来、精神科の病院にカイロプラクターが入ることになる可能性は、正直申して、きわめて低いと思われる。が、それでもなんとか(あきらめずに!)自然科学の言で自分の仕事を合理化しようという一部アメリカ人同業者の根性には、敬意を表さないわけにはいかないのである。

*1 Heath R: Modulation of emotion with a brain pacemaker, J Nerv Ment Dis 1977;165:300-17.
*2 Wintertein J. Seaman D: J Manipulative Physiol Ther 1998; 21:267-80.