マルチ療法はマルチ商法じゃございません
ヘルニア触れよか触れまいか
椎間板ヘルニアの治療法について――。ウーム、いわゆる古くて新しいテーマだ。カイロ手技が効くとする文献あり、そんな突発的な操作は危険であるとする文献あり。カイロプラクティックの教本、例えば『state’s Manual』*1)には、トランズバーソ・ブラキアルなどのテクニックが腰椎の椎間板ヘルニアには適している、などと書かれている。
ヘルニアにはいかなる保守的療法もしくは手技療法が適しているのか。そもそもヘルニアを手技療法的に触れるべきであるのか否か。それで椎間板の脱出が戻るのか。痛みが消えるのか。
ということで今回は「大きな腰部椎間板ヘルニアをともなうS1神経根症患者のカイロプラクティックによるリハビリテーション」*2)というケース・レポートを紹介しましょう。
ケースの概要
身長約180センチ、体重90キロの31歳の男性。5日前、長時間の座位のあとに本を取ろうと素早く立ち上がり、体幹をねじった瞬間に激しい腰痛を左腰に感じる。数時間のうちにマヒをともなった痛みが左下肢外側沿いに広がり、第4・5指にまでいたる。鎮痛剤はほとんど効かず。痛みのために歩行困難。仕事にも行けず。レントゲンで見るとL5〜S1椎間腔がやや減少しているように見える。左アキレス腱反射ゼロ。とりあえずの診断は椎間板ヘルニア、これはマッケンジー・セラピーの言い方では「変性6」ということになる。
「変性」症候群とはマッケンジー・セラピーにおける三つの症候群の一つであり、椎間板内の髄核の変位といふうにでも定義できるものである。椎間板ヘルニアなどというのは、その意味でも最も典型的な「髄核の変位」である。
なにしろ線維輪の外に飛び出してしまっているのだから、髄核が。で、ヘルニアは七つある変性症候群のうちの6番目、「変性6」である。立位からの腰椎の動きはすべて左腰痛と左下肢痛を増した。コックス・テーブルに腹臥しての腰椎の屈曲・離解操作も同様。骨盤を右側方に固定してのマッケンジー式の「腕立て」のみで痛みはやや減少した。
治療の概要
治療はまずマッケンジー・セラピーでいうところの「腕立て体換」の処方を中心に行われた。腹臥位から腰を落としたままで行う腕立て伏せ、そう、知ってる人はよく知っているあの体操である。1分ほどかけて10〜15回ほどこの「腕立て」を行うのを1時間に1セットの割合で行い続ける。腰が痛くて仕事は休んでいるのだから無理な注文ではない。
これに加えて一般的な変性症候群向けの生活指導が行われる。いかなる状況下でも決して腰椎を屈曲させないこと。基本的にはこれに尽きる。靴や靴下を着脱する際、座位、クシャミなどに特に注意する旨の指導がなされる。
この一環として、なるべく「スフィンクス・ポジション」で寝ていることがすすめられる。スフィンクス・ポジションとは腹臥位で両肘を立てた格好で、腰椎を伸展位におくことになる。
さらに20分間の患部へのアイスパックを1時間のインターバルをあけて継続。炎症を抑えることによって疼痛触発物質による化学的な痛みを軽減するものであると考えられている。
経過の概要
痛みがどのように変化していったかを図1に示す。太い折れ線がオスウェストリー評価(101点満点で左の縦軸に対応)、細い折れ線がNPS(Numeric pain scale、10点満点で右の縦軸に対応)である。
| 図1 |
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いずれの評価法とも、患者の主観的な症状を、患者への質問によって数値化するものである。例えばNPSで10点といったら、これは満点であるから「もうこれ以上の痛みは想像できない」というもの。これが初回の治療時には10点近くいっているのだから相当ツラかったんだなあ、この人。
が、4回目の治療までには痛みも相当減ってきたということでコックス(屈曲・離解)テクニックが試みられる。この操作は患者の症状を長くも悪くもしなかった。よって、以後コックス・テクニックが治療プログラムに加えられる。
2週目にMRIを撮る。と、これが大当たり。チョットすごいヘルニアである(図2・3)。それでも彼の主観的症状はどんどん減っていく。治療セッションを重ねるたびに、すでに行われているマッケンジーとコックスに加えて、ふくらはぎの筋のエクササイズやトリガーポイント治療やらがプログラムに加えられていく。
治療を始めて約1か月後、13回目の治療の際にやっと側臥位からの腰椎および仙腸関節のカイロプラクティック・アジャストメントが可能になり、以後これも治療に加えられる。
そうこうしているうちに、2か月弱、20回目の治療の頃には痛みもしびれもほとんどゼロ。まったく問題なく仕事もこなせるまでに回復した。ここで治療はいったんストップ。これより6か月後のフォローアップにおいても状況は良好。時に軽い痛みを左腰に感じる程度であり、生活には何の支障もなかった。
最初のMRIから約3か月後に再びMRIが撮られている(図4)。これは、この患者はすでにすべての治療プログラムを終え、基本的には何の支障もなく暮らしていた時期での撮影である。パッと見た目にも、専門家が計測した結果も、ヘルニアそのものは3か月前のあの痛みにのたうっていた頃と寸分どころか、その百分の一すらも変わってはいない。
曲げよか、伸ばそか、ねじってみようか
マッケンジー・セラピーによる腰痛治療においては、腰椎の屈曲を蛇蠍のごとくに憎み抜き、徹底的に「伸展方針」で治療を進める。これは患者自力によるエクササイズでも、他動的な手技でも変わらない原則である。
これに対して、コックス・テクニックの考え方はまったく逆といってよい。主に背筋をストレッチすることと椎間孔を拡大することを目的として、コックでは腰椎を屈曲させる。
そもそも、ニュージーランドで生まれたマッケンジー・セラピー(生みの親ロビン・マッケンジーはNZの物理療法士)が北米に浸透するのが遅れたことの原因の一つが、・すでに力を持つていたこのコックス・テクニックの影響力であったといういきさつがある。
そのマッケンジーとコックスを同一患者の治療法として一緒に使う! などというのはゼンダイミモン、カイビヤクイライ、チョーレイボカイな話ではある。
結局その患者には伸展と屈曲、どちらがよかったのか。ましてやこのケースは腰痛の王様、椎間板ヘルニアである。屈曲と伸展の一体どちらがヘルニアを治すものであるのか、あると考えるのか。当然、そういった疑問がわく。
しかも、である。調子にのったこのケースのドクターは、そのうちにスラストによるカイロプラクティック手技まで使い始めている。これも含めて、一体この患者はどの治療に反応してよくなったのか? そう、たしかに患者はよくなっているのあるが……。
これについてのこのレポートの筆者Morrisの見解は、「それぞれの治療法はそれぞれの仕方をもって効果を現したのだろう」というものである。(下線筆者)
そ、そんないい加減な!と、やはり普通には考えよう。が、どうであろうか。手技療法というものは、とにかく動かす治療法なのである。その動かす方向についての是非があるわけなのだが、どちらにどのように動かすべきであるかということについては世界中に星の数ほどの違った主張が存在する。これは何を指し示すものか。
ケース・レポートに戻ると、ここから話はマルチモーダル(multimodal:多角的)な治療アプローチの重要性という方向に行く。
決定的な機序の解明がなされていない病態である急性腰痛などの治療においては、さまざまな可能性を考え、それぞれの可能性に対応するとされるセラピーをとりあえず施し続けるのが、いいのじゃなかろうか、という考え方である、マルチモーダルとは――。ズバリ、下手な鉄砲も数打ちゃ当たる、ということなのである。
ヘルニアは痛みの原因か
当ケースにおいてマッケンジー・セラピーは功を奏したのであろうか。MRIを見る限りにおいては、否と答えたくなる。
マッケンジーの腰椎伸展体操は、後方に移動・脱出した髄扱を椎間板内で前方に押し戻すことを、理論的には目的としている。が、文明の利器MRIは情け容赦なく告げている。あれだけの治療回数をこなし、熱心に体操を行なったにもかかわらず、椎間板の脱出そのものはまったく変化してはいなかったのだ。
この意味では、マッケンジーと同時並行で行われたコックス・テクニックも、側臥位からのカイロプラクティク手技も同罪である。いずれも器質的変化としてのヘルニアには何の影響も与えることはできなかったのだ。にもかかわらず、患者は主観的にはほぼ100%の症状の改善をみた。
自らをヘルニアの治療法として有効であるとする論法は、マッケンジー、コックス、カイロプラクティックのずれにも存在した。
マッケンジーの伸展体操は椎間板後方部分の内圧を高め、前方部分の内圧を低め、結果として後方へ移動した髄核を前方へ押し戻そうというものである。
コックスは、椎体の屈曲・離解によって椎間板内圧一般を低め、脱出した髄核を「呼び戻す」とした。
カイロプラクティック手技はというと、椎間関節内に気泡を生じさせることによって椎体間の全般的な離解を促し、これが、やはり後ろに出て行きかかった髄核の切れ端を呼び戻す、としてきた。
今回のケースにおいては、これらの理屈のいずれとも、そのとおりには働かなかったことになる。そもそも、はたしてヘルニアによる神経の圧迫が痛みを引き起こすものであるのかという根本的なことについて、実のところ最近はこれを疑問視するデータが多いのだMRIで写るような器質的変化よりもむしろ、髄核成分が椎間板後方へ浸潤し、それが神経根を刺激して痛みとなる、という説もある*3)。これによると、そういった化学的な痛みは3週間ほどで消失するものであるという。
そう考えると、このケースもすっきりする。患者の当初の激痛を神経根の物理的な圧迫というよりは神経根への化学的な刺激からくるものと考えれば、MRI所見が不変であっても症状が消失することは説明がつく。
わたしカイロの先生ですけど
では、この説に沿って考えるに、保守的療法・手技療法の出番とはどこらへんにすることになるのか。
とりあえず、「急性は冷やせ」原則は合理的である、ということになろう。髄核成分がジュクジュクと外へ染み出してくるのを抑えることになるでしょう、炎症を抑えるわけであるから、アイスパックは。
また、「やっぱり横になって安静」原則も強いでしょう。動かせば動かすだけ、縦方向に圧力をかければかけるだけ、髄核成分は椎間板内部から外部へ向かって絞り出される形になるわけだから。
で、「可能な限り動かして」というリハビリ的考え方のの旗色はどうか。患者の日常生活への早期復帰、あるいは痛みが慢性化へ移行することの予防、という意味では、やはり生き抜いてゆくものであると思う。
ケベック・タスクフォースのむち打ち症治療のガイドラインを思い起こせば、そこには、頚椎のコルセットによる固定は患者の職場復帰をむしろ遅らせるものであると明言されているではないか。ここは、ヘルニアを含む急性腰痛についても、同じラインでの議論が可能であろうと思われるのである。
今後、より重要になると思われるのは、動かすにしでも「どのように動かすか」という議論であろう。すでに述べたように、今回紹介したケースでは、マッケンジー・セラピーは理屈どおりには機能しなかった。むしろ椎間板変性の整復にはリッパに失敗しました。にもかかわらず、Morrisの治療方針の相底を貫く基本方針はマッケンジーなのである。
これはマッケンジー・セラピーで近位化(centralization)、遠位化(peripheralization)と呼ばれるもので、仮に痛みが楽になるような動きがあれば、あるいは、少なくとも痛みを感じないで行うことのできるようなきがあれば、その動きを反復的に行い続けて経過を観察するというものである。痛みを増すような動きは徹底して避ける。
マッケンジーはたまたま例の「腕立て体操」を具体的なテクニックとして使用するわけなのであるが、この近・遠位化の原則は、どのような方法を治療技術として使用する場合にでも応用できるものである。つまりは、これ「どのように動かすか」という問いへの一つの答えである。
*1)『脊柱・骨盤のテクニック』竹谷内宏明,竹谷内伸佳 訳編. 第3版1992.科学新聞社刊.
*2)Morris CE Chiropractic Rehabilitation of a Patient with S1 Radiculopathy Associated with Large Lumbar Disk Herniation. J Manipulative Physiol Ther 1999.
*3)『続・腰痛をめぐる常識のウソ』菊地臣一着,金原出版刊.