二人パーカーセミナー


 ナショナル・カイロプラクティック大で同級だったエバンと5年ぶりに東京で再会した。今回は新婚旅行で日本にやって来たが、以前に日本にしばらく学生として住んだことがある。東洋思想というか、オリエンタルつぽいものが何となく好きな、アメリカ人にしては小柄なブロンド碧眼の白人男である。
 生粋のニューヨーカーで、今はマンハッタンから少し離れた地元で手広く活躍し、34、5の若さで、三つもクリニックを経営している。
日本びいきの外人と食事、ということになると、やはりお寿司でしよう、ということになりがちであろうが、彼は刺身が大の苦手。空手をやったり禅を組んだりと、そういうことを一通りやるくせに、「生の魚」だけはダメという人である。それじゃあスキヤキですね、というわけにも実はいかなくて、やはりあの生卵がダメなのである。で、焼肉をつつきながらの再会のカンパーイということになった。
おたがい若くて(よく自分で言えるねえ、こんなこと)ギラギラしてますから、いきおい、話は治療のことを通り越して、むしろ経営のことなどになりがちである。で、彼のいうことにいちいち感心し、最後には笑ってしまった。
 アメリカと日本のカイロプラクティック、法制度をはじめとして取り巻く環境がまるっきり違うわけなのだが、仕事としてカイロプラクティックを成り立たせていくコツはというとれが呆れるぐらいにそっくり同じ。
 場所選び、宣伝の方法、などさまざまなテーマにわたって語り合った次第だったがやっぱり最後の決め手は患者数育につきる、ということに落ち着いた。患者教育とは要するに患者さんにカイロプクティックのことをよく理解してもらうということである。では、どのようにすれば患者さんにカイロプラクティックのことをよく分ってもらえるのか。
 その治療効果について分ってもらうには、これはもう、その患者さんを治してしまうしかない。当然である。
が、それだけでいいのか。よくはないだろうというのが我々の一致した見解である。
 「うまい」ドクターでさっぱり経営的に安定していない人というのはよく見受けられる。ではそういう人は何がまずいのかというと、ほぼ例外なく患者教育である。痛ければ来るが、痛くなくなってしまえばもう来ない、いうタイプの仕事をしていると、これはキツい。インターンが腕を磨くにはよいかもしれないが、患者数は安定しないし、ドクターのストレスは多いし、経営的にはよいことはない。
 思い出そう、カイロプラクティックはそもそも予防医学なのだ。これを前面に押し出し、痛みが楽になった後の定期的な「背骨のお手入れ」にこそカイロプラクティックの真価が発揮されるものであるという点を、患者さんにしっかりと納得してもらわなくてはならない。
 では、どうやって?
 以下、エバンと筆者で編み出した、そういう話を患者さんに納得してもらうための「うまい話し方のコツ」集である。

人の体質は3か月サイクルで変わる

 スポーツクラブに通い始めてウエイトトレーニングを開始したと仮定して、その結果が目に見える形で出てくるのには、どうしても3か月はかかる。初めてウエイトトレーニングをやった人が、その翌日に体がよい形になっていないからといって不満をもつことはない。
 人の体の全細胞が約半分入れ替わるのにかかるのが約3か月である。ウエイトトレーニングの効果に限らず、一般に人の体質が改善されたり、あるいは悪くなったりするのにかかるのが約3か月であるという事実は、このことに由来するものであろう。
 カイロクティックは撫でたりさすったり、あるいはアジャストしたりして、その場の痛みなり何なりの症状を取り除くことを目的とする治療体系ではない。病気(痛みも含む)にならないような体質を作り出すことを目的とする治療である。
であるからには、体質が変わるのに3か月かかるという生理学的な事実がある以上、カイロプラクティック治療の効果が現れるのに要する時間もやはり3か月を一つのサイクルとして考えなくてはならない。
 要するに、クイックな和痛を求める気持ちをたしなめよ、ということだ。エバン愛用の小道具は大きな次年度のカレンダーで、これをオフィスの壁に貼っておくのだそうである。「どうして私が来年のカレンダーなんかここに貼っているのかお分かりですか? ウチの患者さんの何人かは来年になって初めて治療効果を現してくる予定になっているんですよ」という話にもっていくのだそうである。

主観的症状について聞き過ぎない

 カイロプラクティックは病気(痛みも含む)にならないような体質を作り上げる作業であるから、昨日もしくは一昨日行なった施術の効果として、今日は痛みあるとかあまり楽になっていないとか、そういった近視眼的なことはさして重要ではない。
 よって、再診の患者に対して「どうですか、楽になりましたか?」などということをあまり聞き過ぎないことが大切である。こういう言い方は患者に「そうか、楽になればそれでいいのか。カイロプラクティックというのはそういう治療法か」という印象を言外に与えてしまう。また「それならもう来なくていいか」という考え方にもつながってしまう。
 「楽になりました」と言われれば、術者としては確かにうれしい。が、そのうれしさに流されて、患者に本当に必要なものを忘れまってはならない。
 「楽になりましたか。それじゃあもう来なくてもいいですよ。また何かあったらいらっしゃいなどといいう言い方はもちろんのこと、
 「では、ちょっと間を開けて、この次は1週間後にしてみましょうか」
 などという言い方すらしてはならない。それは、カイロプラクティックが按摩や指圧・マッサージと同列の行いであると自ら告げるに等しいことであり、カイロプラクティックの独自性の維持という観点からも行なってはならないのである。そこはグッと心を鬼にして、とりあえずは何が何でも週3回で2週間続けないことには何の意味もないということ、楽になったからといってここで油断して手を抜いてしまっては結局モトのモクアミであること、などを強調して説明すること。
 例をひとつ。
 「そうですか。楽になりましたか。それはよかった(患者が楽になっていることをとともに喜ぶ。この共感の気持ちは、それはそれで大切である。とりあえずは素直に喜んであげればよいのである。そういったやりとりが、のちの友好な人間関係の礎となる)。でもね、○○さん、カイロプラクティックというの、そもそも痛みを消すことを目的としているわけではないんですヨ。どんな痛みにでも必ず原因があります。その原因の方を探して消すのがカイロの仕事なんです。
 ここまで背骨が曲がって痛みとして出てくるまでに、○○さんの場合、××年かかっているんです。元にもどすのにも××年かかる、と、そこまで言うつもりはありませんが、それてももう少し辛抱しなくては」――
 患者が「全然変わりません」などと言ってくる場合も同様である。長期間にわたってできあがってきた背骨のユガミであるから、「そう1日やそこいらで治るわけがないでしょう」的な言い方をおけばよい。
 また、患者が「前よりもむしろ痛いです」と言ってくる場合の対処の例;
「人の体は曲がった背骨でも長い年月のうちには慣れてしまうものナンです。それはおかしなバランスであって、だからこそ我慢の限界に達して今の○○さんの痛みとして今回出てきたわけなんですが、それでもそれなりのバランスというものを作ってしまうのが人間の順応力というやつです。
 で、昨日(一昨日)は、そのひどく曲がった背骨を真ん中に入れてあげたわけんですけど、体の方はその真っすぐな背骨に驚いちゃってるんですよ。不規則な生活を続けてきた人が、健康のためにと一念発起して規則的生活を始めたとします。すると最初のしばらくは逆に体調が悪くなってしまったなどという話はよくあることです。不規則な生活に慣れてしまった人の体は、規則正しい生活に急に出会うと、調子を崩してしまうのです。多少調子を崩しで最初はオカしくなったとしても、規則正しい生活に体の方が慣れてくるまで、その生活を続けること。その人にとって将来を健やかに過ごすにはこれしかありません。
 だから、いま多少痛むのはお気の毒ですけども、それはカイロプラクティック的に考えると治療の効果が出てきているということですから、むしろいいことなんです。もうちょっとですから、頑張って続けましょうネ」――
 いずれにせよ、患者の主観的な症状の改善は、無視すべきものではないが、これに振り回されてはいけない。「楽になりましたか?」などとしきりに尋ねとはつつしむべし。

「治りますか?」という質問に対して

 ある人がスポーツクラブに通い始めて、そこのインスラクターに「治りますか?」と聞くだろうか。スポーツクラブに通うことの目的は人によって様々あろうが、基は、健康な体を作り上げることである。治る治らない、ではない。
 健康な体といってもイロイロある。バーベルを持ち上げ続ければ誰でもアーノルド・シュワルツネッガーのよになれるかというと、決してそうではない。ボディビルを開始して3年でミスターオリンピアになる人もいれば、20年やってもさして普通人と変わらない体の人もいる。つまりは素質である。
 生まれ待った素質。またそれに加えて、週に何回クラブに通うことができるかという問題(どれほど忙しいか)、あるいは運動以外にどのような生活を送るか(睡眠、食事等)などという条件に応じて、スポクラブで運動に励んだ結果の現れ方にも相当程度の個人差が出てくる。これはやむをえない。人は誰も自分の素質環境には100%逆らうことはできない。
が、どんな素質をもった人でも、どんな環境におかれた人でも、スポーツクラブに通い続けることによって、それをしなかった場合に比べたらずっと健康になったはずである。20年ボディビルを続けても普通人と変わらない体格の人は、ボディビルを行わなかったら極端に貧弱な体格、虚弱な体質のままでことであろう。
 カイロプラクタ一に「治りますか?」と聞くのは、スポーツクラブで「治りますか?」と聞くのに近い。
 カイロプラクティックは、患者さんの体質を良いものにもっていく技術であるから、「今よりよく」なること請け負う。が、その結果を患者さんが「治った」と認識するか否かは別問題である。

病院通いとカイロ通いとは根本的に違うもの、むしろ反対のもの

 お医者さんの仕事というのは基本的には修理工です。壊れたら直すということをやっているわけで、ではなぜ壊れるかということについては考えないし、考えていても問題にしないわけです。修理工さんというのは、むしろ、お客さんが無理な運転を続けてドンドンが壊れてくれた方が嬉しいのです。そりゃ壊れてくれないことには直せないわけで、直せないからには仕事にならないわけですから。
 カイロプラクティックはそのところが決定的に違う。なぜ壊れるかについて考え、その原因を取り除くことを目的としています。ですから同じ医療とはいいながら、いわゆる西洋医学とカイロプラクティックとはまるっきり反対のことをしているということなる。
病院通いというものは誰でもやりたくないものである。治ってしまえば直ちにやめてしまいたいものである。治るまで仕方なく続けるものである。
 が、カイロプラクティック通いというものは、病院通いとは全く違う、むしろ反対のもの。病院に通い続けているというのは情けなく、場合によっては恥ずかしいものであるが、カイロプィックに通い続けているというのはカッコよく、誇らしく、人に自慢したいようなこと、でなくてはならない。患者さんが信じられるように話をもっていき、また治療院内の環境(物理的なものから治療の行ない方にいたるまで)も整えていかなくてはならない。

『週3回で2週間→週2回で2週間→週1回でメンテナンス』は大原則

 週3回で2週間の集中治療を患者さんがこなしたとして、その後すぐに週1回にもっていくのはイケない。1日おき(週3回)で来なくてはよくならないという話をしてきたのに、いきなりもう週1回でいということでは、それじゃあそれまで詰めて来ていたのは何だったのという話になってしまう。
 是非とも、上のスケジュールを大原則として患者さんに提示こと。また、そのスケジュールを告げる時期は適宜、探すこと。最初に日を告げてしまった場合がいいケースも得よう(最初から徹底的に詰めてきて、体を良くする決意があり、それを自分で口にしてくる患者さん)。しかしそういったケースは少数である。
 この目標が定まれば、治療と関係のない世間話に時間を浪費することはできないはある。世間話はもちろんあっていい。が、世間話だけで終わってしまう世間話、患者さんとの間の沈黙を埋めるだけの世間話はイケない。いかなる世間話でも、それがカイロプラクティック哲学を説くためのキッカケになっていなくてはプロではない。
 患者さんを納得させることなく、とにかく上のスケジュールで来い、と言い張るだけではこれは押し売りと異ならない。上のようなスケジュールでぜひ来てみたいような気に患者さんをさせる話術。この研鑚に日々励むべし。
 そのための有効な方法のひとつは、自分の常日頃の会話や読書などの中で、そういう話にそうなものはメモをするなり何なりしてストックしておくこと。その話題をどのように料理して提示しようか、料理法を考える習慣をもつこと。これは、始めてみると案外と楽しいものである。

原則はハードに、施行はソフトに

 臨床の場においてはあくまで「最初の2週間は週3回、次の2週間は週2回、以後は週1回」の原則で通すこと。忙いとかお金がないとか、何であれ、そういった話には耳を傾けず、あくまで治療家としてあなたの体のことのみて、こういうスケジュールを提案している、という態度に徹すること。ドクター対患者さんの場で、相手が忙しいなどといって、じゃあ最初から週1回で様子をみてみますか、などという話はしないこと。
 そういった話は受付に任せる。「それじゃあ仕方がありませんネ。では次はとにかく一番早く来れる日ということで1週間後にしましょうか」などという対応は必要に応じて受付では積極的に行うこと。受付においては、逆に、「いや明後日に来ていただかなければ困ります」的な態度はひかえ、柔軟に患者さんの相談にのること。
 ドクターの仕事は患者さんの体をみることであり、受付の仕事は患者さんのスケジュールを調節することである。だから、治療をやった人間が受付もやるのは、なるべく、避けなくてはならない。

繰り返し同じことを言うのはよい

 こちらが思っているほど患者さんは治療ことについて考えてはいない、ということはよく肝に銘じておくべきである。患者さんは治療を受けるために生きるのではなく、生きるために治療を受けるのである。
 同じような話を繰り返し患者さんに語りかけるのは悪いことない。
 週1回で来なさいネ、とすでに言ってあるはずだから向こうも分かっているはずだ。あまり何度も言うと押し売りっぽく受け取られてしまって良くない、などとは、むしろ考えない方がよい。3回言ってやっと1回分ほど理解する、というぐらいのつもりの方が現実に近い。

「何曜日に来るべきである」ということの合理化を

 週1回で患者さんを定着させようとするとする。その患者さんの週ごとの都合で毎回曜日が変わるのはよくない。ひとつには、先週が木曜、今週が月曜、という調子では予約を忘れやすくなる、ということがある。一度忘れてすっぽかしてしまっしては次に来づらくなるものである。
患者さんには、どうして週1回でなければいけないのかということのみならす、それが何曜日でなくてはならいのかというレベルまでの合理化を必ず与えてやること。
▽ 例1 毎週木曜日に来させたい場合
 たいてい人は土曜、日曜と休んでいますから、月曜あたりはわりと元気で、金曜になるあたりが体の調子は最悪なものです。意識しているかどうかは分かりませんが、体の事情としてはそういうことです。ギックリ腰にしても心筋梗塞の発作などにしても金曜に発生しやすいというデータがあります。これは、そういった病気が精神的なストレスと深く結びついていることを考えれば当然のことですね。やってしまってから治す、ということができればいいですが、やってしまったが最後、なかなか治らないという病気が世の中にはたくさんあります。唯一の対処法は「やってしまわないこと」でしょう。ですから体が最悪の状態になる金曜の直前あたりで、いっきに状態を上げてやるがいいでしょう。
▽ 例2 毎週月曜に来させたい場合
 土日に遊び疲れたあとの月曜というのは、あなたにとっては(“あなたにとっては”の一言は肝心。この会話は隣で別の患者さんが聞いていることもあるので)一番あぶない日です…。
▽ 例3 毎週土曜に来させたい場合
 土日にゴルフなぞをやることの多いあなたには、それへの準備として土曜午前に体を整えておくことが大切……。

患者さんは継続して来たがっている

 患者さんはドクターに「ぜひ……で来なさい!」と説得してもらいたがっていると心得るべし。そもそも彼らは国民皆保険制をしく日本で1回数千円の実費治療を受けることを選択した患者さんであって、実費と保険の一線はすでに越えている。彼らはどれだけカイロプラクティックが効き、素晴らしいものであるかという話を聞きたがっている。それは当然である。すでに高いお金を払って買ってしまった「商品」である。それがこんなにいいものであるという話は、ぜひしてもらいたいのでその延長線上で、こんなに素晴らしいものだからこそ、是非お続けなさい、という話も、これもやってほしいのである。
 しかし自分からメンテナンス治療に入るには少し気恥ずかしさがある。だから彼らは最後の一押しをドクターしてもらうのを待ち望んでいる。これは、例えは非常に悪くて恐縮だが、風俗店の前を客引きに引っ張られること期待しながら自らウロウロしている客に似ている。半分は嫌そうな顔をしながら、しかし内心は喜んで、彼らは入って行く。
 患者さんたちにカイロプラクティック治療の本当の恩恵を受けてもらうためには、敢えてこちらがピエロの役回りを受け持ってやるつもりで患者さんの教育と説得にあたるべきである。